« 田澤稲舟(たざわ いなぶね) | トップページ | エルンスト・バルラッハ・ハウス »

『笑う男』(1927)(米)

Mhl3ストーリー
 17世紀イギリス。侯爵の一人息子であったグインプレイン少年は時の王に背いた父への報復に、王の命で顔に笑いを刻まれ捨てられる。雪の中をさまよう少年は、途中保護した盲目の赤ん坊と共に旅の興行師に助けられる。十数年後、今は「笑う男」として人気を博すグインプレインは、成長した娘デアと相愛の仲だが、自分の顔のことを負い目に結婚を申し込むことができない。故郷の街に興行にやって来たグインプレインの存在を知った現女王の側近は、彼を利用して女王の苛立ちの種である驕慢な女伯爵を陥れようと企てる。そうとは知らぬ伯爵は、特異な顔を持つこの道化師に魅かれ、誘惑しようとする。側近の計略によりグインプレインは逮捕され、養父とデアにその死が告げられる。追放処分を受け、失意のうちに街を出る2人。一方女王は、貴族たちの前でグインプレインと女伯爵の婚約を発表する。驚いたグインプレインは逃亡し、デアたちが出航する波止場へと走る。そして、彼に味方する群衆の助けで間一髪追っ手を振り切ったグインプレインは愛する家族と共に国外へ去って行く。


ある本で1枚の映画のスチール写真を見た瞬間、うわっと目を奪われた(上の写真)。豊かなブロンドの美しい娘が、愛される者の喜びを清楚な笑顔にたたえて、恋人の胸に身を預けている。当り前の抱擁シーン。しかし私をとらえたのは男の顔。そこに刻まれた歯をむき出しにしたヒステリックなまでの笑い顔は、甘いラブシーンには全く似つかわしくない。なんなんだ、これは!? タイトルは‘The Man Who Laughs(笑う男)’そのものズバリだ。

こうなると居ても立ってもいられない。街中の映画関係の書店を歩いて資料を探したけれど、残念ながら当時はそれ以上突き止めることができなかった。ただそのタイトルは、スチールに写っていた男女の名前(コンラート・ファイトとメアリー・フィルビン)と共に、しっかりと私の心に焼き付けられた。

そしてしばらくの後、隔月で郵送されてくる通販ビデオのチラシに、ついに発見、‘The Man Who Laughs’ 即座に申し込んだ。内容も知らずに買うのは冒険だったけれど、この映画に関しては、どこを調べてもほとんどわからなかったので、もうとにかく実物を手に入れるしかないの心境だった。しかし、届いたビデオを見て狂喜した。史劇的背景、見世物・怪奇趣味、陰謀と策略、・・・ すべてが私好み。登場人物は皆個性と役割がはっきりしていて、単純だが痛快。サイレントのいちばんの問題である音楽も、この映画用に編曲されたもので、場面とぴたり合って言うことなし。

監督はドイツから招かれたパウル・レニ。舞台美術家として出発し、数々のドイツ・サイレントの名作を担当した後監督に転向。渡米後はモダンホラーの傑作『猫とカナリア』が有名。原作はビクトル・ユーゴーの短編らしいのだけれど、探しても見当たらない。ユーゴーといえば何といっても『レ・ミゼラブル』だから。ご存じの方教えて下さい。

さて、音楽が場面と合っていると書いたけれど、この映画を見ていると、ふと音楽なんか実はいらないんじゃないかと思えてしまう。まず冒頭の字幕からして巧妙。始めに‘17th Century(17世紀)’と大きく真ん中に出て、その文字と二重写しに、より大きな‘England(英国)’が画面いっぱいをドーンと占拠する。続いて‘His Majesty(国王陛下)’さらに‘King James II(ジェームズ2世)’がまたドーン。時代背景と最初の登場人物の紹介。それだけのことを言うのにこの手の込んだやり方。でも充分効果をあげている。この4つの字幕だけで、見ているこっちはカウチポテトから一転して、王政華やかなりし頃の大英帝国の空気にすっぽり取り込まれている。こうして準備は万端とばかりに、異様な物語が幕をあけることになる。

カメラでも見せてくれる。雪の中をさまよう少年時代の主人公が、王の圧政のもと処刑された野ざらしの死体に出くわすシーン。半分白骨化した死体は強さを増す風にあおられてゆらゆら揺れ、カラスが死肉をあさる。その下を、小さな無力の少年が恐怖に逃げまどう。漆黒の闇、ぼんやり浮かび上がる白蝋のような不気味な雪の白、そして活発に飛び交う‘支配者’カラスの黒。このコントラストが効果的。こんな気持ちの悪い白、初めて見た。

あるいはまた、大人になったグインプレインの出し物の場面。熱演する「笑う男」に対して、観客席全体がまるで大波のようにゆっくりと上下にうねっているのだ。ウケにウケていることをこのカメラワークで表現している。本当に耳をつんざくような爆笑と歓声が聞こえてくるようだ。「笑う男」を庶民の慰めとして心から愛しているこの群衆が、クライマックスで王の配下に追われる彼を助けるのだ。

こんな風に、カメラワークで登場人物の心理や場面の雰囲気、ひいては‘音’までも表現しているところがこの映画にはたくさんある。音楽が封切当初からついていたのかどうかはわからないけれど、仮になかったとしても、これなら当時の観客も100%楽しめたに違いない。隅々まで念入りに計算し尽くされた作品と言えるだろう。

Nveidt2 計算し尽くされたといえば、主人公グインプレインを演じるコンラート・ファイトの演技がまさにそうだ。ファイトは、日本では『カサブランカ』の憎らしいドイツ将校役が知られているけれど、世界の映画界に衝撃を与えた『カリガリ博士』の‘眠り男’役でその名を轟かす、ウーファ全盛期のドイツを代表する名優のひとりだ。役柄を辿れば、イワン雷帝、嫉妬深いマジシャン、悪魔に魂を売る貧しい学生(→『プラーグの大学生』)と、かなりエキセントリックな個性が売りだったとわかる。それを頭に入れておけば、王に謀反を企てた父への見せしめに、外科手術で顔に永久に消えることのない笑いを刻まれてしまったグインプレインの役など、まさにこの人にうってつけ。批評家の中には、ファイトの演じるグインプレインはナイーブで生真面目すぎる。‘千の顔を持つ男’ロン・チェイニーだったら、もっと毅然とした主人公を情感豊かに創り出しただろうなどと評する人もいたようだけれど、私に言わせれば、ごついチェイニーでは貴族の血を引く主人公の、いい意味での甘さが出せたかどうか。また、濃厚なチェイニーのメイク作りでは怪奇性だけが際立って、モンスター・ムービーのようになってしまっていたかもしれない。190cm以上の長身で知性的な広い額とくっきり整った目鼻立ちのファイトだからこそ、運命に翻弄される主人公の味わう苦悩が強調されるというもの。それに他の作品では、この人もっとふてぶてしく演じている。この映画でも、冒頭に出てくる主人公の父親(ファイトの二役)はもちろん普通の口だし、ギラギラ輝く決然としたまなざしに野性美すら感じさせる好男子ぶりだ。むしろこっちの方が本来のファイト演じるキャラクターにずっと近い。悪役顔なのです、実は。グインプレインのナイーブさが、彼が練りに練った末の役作りだったことは、それだけでも充分察せられる。

かたわらのデアに触れていたくて、出し物の本読みに身が入らないグインプレインに、養父Mwl1 が「結婚しちまえ」とハッパをかける。が、その途端萎縮してしまうグインプレイン。「私はあなたのものよ」と積極的なデアには、「ぼくには君を愛する資格すらないんだ。」抱きすくめたくて伸ばした手をためらった末に引っ込めて、おどおど、もじもじ・・・ これがファイト!? ためしに画面の口の部分だけを手で塞いで見てみたが、やっぱりいつもの彼とは違う。考えてみれば、口に大きな歯を入れて動かせない以上、目で演技することを強いられる、難しい役柄なのだ。おどおど、もじもじの背後にある、本当は誰にも笑われたくなどない主人公の深い悲しみが、その仕草や目配りから見事に現れている。常に役作りには相当の力を注いでいたというファイトだが、全く並の根性じゃない役者だ。ただ、彼の魅力のひとつはあの鉄壁の意志を表わすキッと引き結んだ唇でもあるから、もしグインプレインのハンデが口ではなく別の場所だったら、彼にこの役は来なかったかもしれない。

この映画でハリウッドに認められたファイトは、ユニヴァーサルが映画化を予定していたトーキー映画『魔人ドラキュラ』の主役にと画策されていたそうだ。ところが、監督を務めるはずだったパウル・レニが急病死してしまい、本人も英語に自信がまだなかったことからドイツに帰国、ご破算になったとのこと。すったもんだの末、主役のドラキュラはハンガリー出身のベラ・ルゴシがものにした。レニ監督とファイトのドラキュラ、実現していたら映画史に残る一作になったことだろう。残念でもあるけれど、一生ドラキュラのイメージにつきまとわれて生涯を終えたルゴシの運命を見ると、反古になってよかったとも思える。ホラーやオカルト現象を、異次元のショッカーとしか捉えられないアメリカ人と、その中に深く暗い人間自身の心の闇を見てとるドイツ人。本国ドイツでならともかく、まだ未成熟な当時のアメリカ映画界で、彼らの作る作品が正当な評価を得られたかどうか。その後、ナチスの台頭するドイツからイギリスに亡命したファイトは、大作を残すことなく世を去るのだけれど、“第三帝国の俳優”としてナチスのプロパガンダに利用されるのを嫌い、一職業俳優としての生涯を貫いたその生き方に共鳴する若いファンは、今でも世界中にたくさんいる。生前自伝を書かないかと誘われたファイトは、こう言って断ったそうだ、「伝記など何になります?私はただの映画俳優ですよ。」

盲目の娘デア役のメアリー・フィルビンは『オペラの怪人』でヒロインを演じた人。演技は素人でニコニコ可愛いだけのお人形だけど、彼女の初登場シーンにははっとした。なにせ、グインプレインの拾った赤ん坊が女の子だったなんて想像もしていなかったから。人々の笑いの対象となる顔を持つ男と、その顔を決して見ることのない女。もどかしくて傷つきやすいこの2人の恋が物語の横糸になっているんだなと納得した。

脇役陣も芸達者ぞろいだ。養父役のチェザーレ・グラヴィナは、世にも恐るべき顔で忘れられない個性派。『オペラの怪人』にもちょっと出ている。王役のサム・ド・グラッスはカナダ出身で『イントレランス』の頃から活躍。女伯爵役のオルガ・バクラノヴァは、ロシア出身で後にトッド・ブラウニング監督の『フリークス』で驚きの大熱演。以下、女王、女王の側近、女伯爵の許婚と、滑稽なヤツらばかり。姑息でいじましくて、どこがロイヤルファミリーだ。本当に笑われるべきはこの王室の連中だというのは、もうありありだ。

もう一人(?)、この映画で忘れてはならないのが、主人公の飼い犬ホモを演じるオオカミ犬ボンゴ君。人間に一歩も引けをとらない、後世に残る名演、天才だ!

『笑う男』のDVDは、Kino International で購入できます。また、コンラート・ファイトのファンクラブのサイトでは、You Tubeにアップされた『笑う男』のビデオクリップを見ることができます。

 

トップページ(メニュー)へ

 

 

|

« 田澤稲舟(たざわ いなぶね) | トップページ | エルンスト・バルラッハ・ハウス »

コメント

初めまして。
『笑う男』の情報収集をしていてこの記事を見つけた者です。とても丁寧なレビューで感動しました。登場人物の心に向けられた優しい眼差しから作品への深い愛を感じます。特に「本当は誰にも笑われたくなどない主人公の深い悲しみが、その仕草や目配りから見事に現れている。」という一文に心を打たれました。
ところで、通販ビデオのチラシについて詳細を教えていただけますか?入手が難しく、困っています。動画サイトで観ることもできるのですが、大好きな作品なのでちゃんとお金を払って観たくって・・・。
もしよろしければお願いいたします。

投稿: | 2010年8月21日 (土) 21時10分

こんにちは。コメントをありがとうございました。『笑う男』に関心を持っておられる方に出会えてうれしく思っています。DVDは以下のページで購入できます。ぜひアクセスしてみて下さい。http://www.kino.com/video/item.php?film_id=518
残念ながら日本語字幕はありませんが。・・・
『笑う男』は、作者ヴィクトル・ユゴー自ら〝私の最良の小説〟と自画自賛している作品だそうです。邦訳が出ていないのが不思議でなりません。英語版は手に入れたのですが、思索に満ちすぎていました。(^_^)

投稿: まあしゅ | 2010年8月22日 (日) 22時05分

補足です。DVDは日本とフォーマットが異なるため、PCでないと見られません。KINOでは日本向けには販売してもらえないかもしれないので、アマゾン(http://www.amazon.com)でも試してみて下さい。

投稿: まあしゅ | 2010年8月22日 (日) 22時16分

ありがとうございます。
国が違うとDVDも違うんですね。とても助かりました。
グウィンプレインの「心」がもっと多くの人に伝わる日が来れば、と願います。

投稿: | 2010年8月23日 (月) 16時50分

フランスに「フランス八重奏団」という楽団があります。
この「フランス八重奏団」が無声映画「笑う男」の映像をバックに演奏をします。
「フランス八重奏団」がカナダの作曲家に依頼して作曲してもらった曲をその作曲家の指揮で演奏するのです。
フランス語の字幕が分らなくても、映像と伴奏の曲を聞いているだけで、内容は分ります。
一度、「フランス八重奏団」の伴奏でこの無声映画をご覧ください。
感動、間違いありません。

投稿: | 2013年10月31日 (木) 05時58分

私は弦楽器商です。来年2015年6月に日本各地で無声映画「笑う男」を「フランス八重奏団」の生演奏で上映する企画を立て、今その準備中です。
興味のある方は私宛に下記のメールアドレスに連絡をください。関係資料を送ります。
kmcrescendo0544@gmail.com

多くの方から寄付金を募っています。ではよろしく。

投稿: 三村兼哉 | 2014年9月20日 (土) 05時32分

「笑う男」シネ・コンサートを企画し始めてから足掛け3年をかけて、2015年5月31日から6月7日まで8日間の日本ツアーを実施いたしました。今回は多くの人たちの支援をいただいて実現することができました。最初、日本語字幕を入れない予定でしたが、字幕があった方が親切という声があり、字幕を入れることにしました。翻訳は主に私自身がしました。
この企画は「東北復興支援のための音楽会」という支援活動の一つとして企画したものです。釜石、大船渡、宮古の3都市で行う公演を入場無料とすることに伴い、新潟、吹田、奈良、京都、さいたまの5都市で入場料を取って、被災地での経費を捻出しようという試みでした。各会場とも入場者の数はもう一つという状況でしたが、来場した観衆からは「すごく感動した」「音楽と映像のマッチングが最高」など嬉しいコメントをいただきました。
今回のツアーは新潟から宮古まで毎日移動、毎日公演のハーードスケジュールで、「フランス八重奏団」の演奏者の人たちもよく頑張ってくれたものと、感謝の心でいっぱいです。
このフランス八重奏団の生伴奏付きの無声映画「笑う男」は何回見ても飽きることがありません。
また機会があれば日本で公演を実施したいと思っていますが、フランス八重奏団を呼ぶとなると経費がかなりかかります。ぜひ、スポンサー、企業の協賛金それに助成金などの
ご支援をいただきたく存じます。
ではまた次回、日本でお目にかかれることを祈っています。

投稿: 三村兼哉 | 2015年7月17日 (金) 21時24分

初めまして、
フランス八重奏の『笑う男』シネコンサート、『オペラ座の怪人』シネコンサートを来年10月21日~31日に東京(2)、奈良、高松、盛岡で開催をします。
2015年の東北復興支援の時はパリで彼らの日本公演実現の支援をしました。公演を観た友人から感動のメッセージをもらい、また再公演のリクエストも多く、素晴らしい演奏と映像のシンクロナイズした感動を伝えたいと、日本公演を決定しました。
『オペラ座の怪人』ではNYからソプラノ歌手が参加、歌唱するという企画です。
詳細は新年度に入ってからSNS等で発信していく予定です。

投稿: 藤原プロデュース | 2018年12月 1日 (土) 22時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『笑う男』(1927)(米):

« 田澤稲舟(たざわ いなぶね) | トップページ | エルンスト・バルラッハ・ハウス »