ドイツ旅行記2

ドイツ旅行記2010 ~ 序 ~

2010月、二度目のエルンスト・バルラッハ探訪旅行に出かけた。

きっかけは、ある雑誌で見た世界遺産ケルン大聖堂の写真だった。「聖なる」という敬称とは正反対の、邪悪で尊大きわまりない(私好みの)姿に圧倒され、「ああ、見てみたい」と気持ちを揺さぶられたのが始まりだった。とはいっても、それだけで果たして計画が成り立つものか。思いあぐねたその時、ふと思い出したのだ、バルラッハのオリジナルの鋳型から造られた唯一の『空飛ぶ天使』が、たしかケルンのどこかの教会にあったということを。

そこで、その近郊都市で他にバルラッハの作品を見られるところはないかと探ってみると、十字架のキリスト像が飾られた教会のあるマールブルク、さらに、前回離れすぎていて行けなかった戦没者慰霊像のあるマクデブルクも、決して遠すぎない範囲にあることがわかった。よし、行けると実施を決めたのが4月半ば。

それならば他にも数ヶ所と欲張って、結局前半はケルン ― マールブルク ― マクデブルクと日々移動し、その後一気に北上してギュストロウに泊、ラッツェブルク経由でハンブルクに泊、ハンブルク滞在中に、小旅行感覚でシュレースヴィヒとキールを訪ねることにした。こうして、10日、正味日間の鉄道の旅が実現したのだった。

①8/ 9  出発、ケルン

②8/10  ケルン、マールブルク

③8/11  マールブルク、マクデブルク

④8/12  マクデブルク、ギュストロウ

⑤8/13  ギュストロウ

⑥8/14  ギュストロウ、ラッツェブルク、ハンブルク

⑦8/15  ハンブルク

⑧8/16  シュレースヴィヒ、キール、ハンブルク

⑨8/17  帰国

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ドイツ旅行記2010① ~ ケルン

始まった!3年振りのドイツに出発だ。綿密に計画し準備万端のつもりだったが、直前になって困ったことも起こった。たくさん写真を撮ることを念頭に、今回はデジカメ用に充電池を用意したのだが、めいっぱい充電してもたちまち放電してしまうのだ(近年類をみないといわれる猛暑のため?)。春先はこんなことはなかったのに。当日朝にかけてぎりぎりまで再充電し、カメラにセットする。この時期の気温が25℃前後というドイツでは、この手の心配は無用だろう。

月下旬だった前回とは違い混雑した空港で、KLMのチェックインを無事済ませる。離陸直前、乗務員さんに依頼されるまま席を移ったところ、日本観光帰りの年配のオランダ人男性とベルリンへ短期滞在する若い日本人ビジネスマンが同席になり、会話がはずんだ。おじいさん、たった一人で週間、この殺人的猛暑の日本を縦断されたのだそうだ。そのバイタリティに心より敬服。

最初の便も乗継便も予定より早く到着。入国審査はシェンゲン協定国のアムステルダムで済ませていたので、ケルン・ボン空港では迅速に鉄道への移動ができ、6:00過ぎにはケルン中央駅に着いた。北国ドイツの夏は9:00過ぎまで明るい。まだまだゆっくり散策できる。

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13世紀半ばに着工され、中断しながらも完成までに実に600年を要したというケルン大聖堂 ― 中央駅を出た途端、視界いっぱいに広がったあの様をどう形容したらいいのだろう。ゴシックならではの荒々しく鋭く切り立った2本の塔。塔のみならず、垂直に彫り込んだ何百という柱が、真っ黒な塊となって天に挑みかかり、突き刺し切り裂いている。そして、見下ろせば街の隅々にまで目を光らせ、凄味をきかせている。壮麗などというものではない。どこから見ても威圧感だけ。帰国後ケルンの航空写真を見たが、建物も人も、大聖堂から見ればただのケシつぶ。街全体がちっぽけなミニチュアランドのようだった。

ケルンの古い街並みは第二次大戦で徹底的に破壊され、焼け野原と化した後現在の姿に生まれ変わった。その戦災でも唯一倒壊を免れたこの大聖堂は、20世紀の街へと変貌していく街の復興を、一人中世の姿のまま157mの高みから見届けてきたのだった。いや、それまでの700年にわたる栄枯盛衰のすべてが、その黒い姿にくっきりと刻みつけられているのだ。その重みを一言で言うなら‘デモーニッシュ’。

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あれがなければ、ケルンは他の大都市と同様、快活でおしゃれな街として記憶されるだろうに。華やかな通りから小道に入れば、素朴な雰囲気を残している所もあるのに、そんな風情を楽しもうと思った矢先、建物の隙間からあの塔が「俺を忘れるな」とばかりにニョキッと顔を出し、観光気分はたちまち吹き飛んでしまう。まったく、街の玄関口にあんなものがあったら、後はどんな見どころもかすんでしまうだろう。

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外観もさることながら、一歩その入口に立てば、ただただ開いた口が塞がらない。奥行きがありすぎて、祭壇の十字架が見えない。窓はすべてステンドグラス。中央祭壇へと延びる通路の左右を飾る柱一本一本に聖人の彫刻が設置され、それが進んでも進んでも次々現れる。リーフレットに載っている数々の遺物はどこにあるんだ!ほんの数分さまようだけで酔ってしまいそう。いったい日曜日には、ここでどんなミサが行われるのだろう。

大聖堂ショックで一気に消耗したため、本日の散策は終了し、巨大ショッピングモールのようなケルン駅構内の店でケルシュを飲みつつ夕食。Bratwurst Sauerkraut、ドイツらしい取り合わせ。シンプルだがすっかり満腹する(レストランのディッシュなんて、自分にはとても食べ切れないだろう)。最初の宿はホテルというよりガストホーフだった。狭い入口からは想像もできない広くきれいな部屋で、シャワーだけでなくバスタブも付いていた。駅で買った今回初の収穫、『ドイツ鉄道地図』を広げて横になったら、そのまま眠ってしまった。

ドイツ旅行記2010②

ドイツ旅行記2010~序~(目次)

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ドイツ旅行記2010② ~ ケルン、マールブルク

夜中に何度か目が覚めたものの、どうにか7時頃まで寝られた。前回同様、ドイツの宿泊施設の朝食の充実ぶりに満足。きちんと時間をかけて食べる。朝食は活力源、旅先でこそ実感するのは毎度のことだ。

チェックアウト後駅に戻り、大聖堂を撮りまくる。それから、いよいよケルンへ来た最大の目的、アントニーター教会の『空飛ぶ天使』に会いに出かける。目抜き通りのホーエ通りを途中で右折して、やはり賑やかな繁華街をしばらく行くと、左に石造りの小さな教会が現れる。一歩入ると、外とは別世界の静けさ。『天使』は中央祭壇に向かって左側、青を基調にしたステンドグラスを背景に漂っていた。

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ギュストロウのものより一回り大きいケルンの『天使』は、やはりナチスによって破壊されたが、こっそり保管されていた鋳型をもとに、危険をおして戦時中に再造され、リューネブルク原野に隠された。鋳型はその後焼失したため、結局これが唯一のオリジナルとなる。ギュストロウやシュレースヴィヒのものは、戦後このケルンの『天使』を型にとって造られたそうだ。

そのあと、近くの『ケーテ・コルヴィッツ博物館』を訪ねる。ケルンにコルヴィッツの博物館があることは、上野弘Kathe1道さんの本([後記]参照)で知った。時代と苦悩を共有したバルラッハと盟友コルヴィッツ。ここを訪れることははずせない選択だった。開館25周年だそうで、記念のメモ帳と鉛筆をもらった。『空飛ぶ天使』がコルヴィッツの顔をモチーフにデザインされたことは有名だ。彼女と私のつき合いは、実はバルラッハより古い。ずっと以前オットー・フリードリクの『洪水の前』のグラビア版画で強く印象に残ったのが始まりで、その後しばらく忘れていたのだが、2005年に姫路で行われた回顧展で記憶がつながり、以来つかず離れず追い続けている。

さて、移動時間が近づいたので、街並みを楽しみながらぶらぶらと駅へ戻る。バルラッハとケーテと大聖堂、ケルンはこの3つだけに終わったが、充分という感じだ。つまるところ、他に目的や関心ごとがなければ、ケルン観光は大聖堂に始まり大聖堂に終わるということか。

駅でジャーマン・レール・パスのヴァリデーションを受け、パンとジュースで遅い昼食を済ませた後、ICE(新幹線といったところ)でフランクフルトへ移動。初めて乗ったがすごく広い。このシーズン、これで空席があるなんて日本では考えられないことだ。フランクフルト駅からRE(快速)でフランクフルト・ウエスト駅へ移動し、IC(特急)に乗り換えて、メルヘン街道の小都市マールブルクへ向かう。ケルンもフランクフルトも暑くて、30℃近くはあっただろう。気温が上がりすぎると故障するというICE(脆弱なところも新幹線並み?)、走ってくれてよかった。

1時間後、マールブルク到着。ホテルはお目当てのエリーザベト教会のすぐそばにあった。教会はもう閉まっていたので、とりあえず外観だけを写真に収める。今日はよく歩いた、両足が痛い。

ドイツ旅行記2010③   ドイツ旅行記2010~序~(目次)

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ドイツ旅行記2010③ ~マールブルク、マクデブルク~

天気は悪くなるそうだ。傘をさしての観光はつらいが仕方ない。チェックアウト後、すぐにエリーザベト教会へ。内部は思いのほか奥行きが深く、入口からまっすぐ伸びる中央通路の正面に、バルラッハ作の『十字架のキリスト』があった。外は曇っていてで光が入ってこないためか、薄暗くはっきりとは見えない。静かに祈りを捧げている人もいるので、あまりそばに近づくのもためらわれ、1枚だけ写真を撮って座り、静けさを共有する。はっきりした信仰表明をしていないバルラッハの作品を教会の十字架とすることに、当初は賛否両論あったそうだが、今この祈りと静寂の空間には、きらびやかに装飾を施された十字架ではなく、幾多の曲折を乗り越えてきたバルラッハの十字架こそがふさわしいと感じる。

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外の売店で『十字架』のポストカードを購入する。それまで正面からの写真しか見たことがなかったが、斜め前から写した上半身の写真と横顔のクローズアップの写真を今回初めて見て、ああ、やっぱりバルラッハだと感動した。目の部分に瞳が彫られていないので、正面からの姿は強い印象を与えないのだが、真横から見ると、瞳のないその目が意外なほど深い表情をたたえている。深遠を見つめている。語りかけている。すべてを悟り、理解し受容している。こんな豊かな表情の像を、私は見たことがない。たった60セントのこのカードは、間違いなく今回一番の収穫だ。

教会を後にし、石畳の小道を、グリム兄弟が学習したという旧市街へと登っていく。まだ時間が早かったので、商店もカフェも開店準備中のところが多かった。途中のマリア教会からぐっと上に、ルターの演説で有名な方伯城が見えたが、急な石段を上っていく気力もなく、下から写真を撮ってまた通りを歩いて駅へと戻った。幸いまだ雨には降られていない。

ICを乗り継いで着いた、次の目的地マクデブルクは大きな街だった。駅前の広場も、街のシンボル大聖堂と旧市街を結ぶ一角も、巨大な商業施設や公園がいくつもあって、さびれた街を想像していた私は、ただあっけにとられた。果たして廻りきれるだろうか。早めに移動して本当によかった。なぜ日本のガイドブックにはここが載っていないのだろう。‘~街道’の括りからはずれているからって、こんな見どころ満載の街を無視するなんて、解せない!

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マクデブルクの顔である大聖堂は、今大改装中だった。床に大穴がいくつも開いていてフェンスで囲ってあった。一時的に封鎖されている区域もあるようだった。13世紀に造られたという『賢い乙女たち・愚かな乙女たち』の像は、写真で見た表情がとても新しかったので、見られなくてちょっと残念な気がした。カードだけを買って帰ることにする。

夢にまで見たバルラッハの『戦没者慰霊像』は、遠くからでもすぐわかった。ハンブルクを拠点にした前回の旅行では、ポツンとひとつだけ離れたこのマクデブルクをどうしても日程に組み込むことができずに断念し、ギュストロウのアトリエハウスで、石膏のモデルを見ることができたのをせめてもの慰めとした。自分が今その目の前に立っているなんて。写真で見たとおりの深い光沢の茶色い木目。全体を、そして一人ひとりの兵士の表情を目の中に焼き付ける。ここに来られて感謝!

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今夜の宿は個人経営のペンジオン。アットホームで部屋もきれい。ゆっくりくつろぐ。明日は今回最大の冒険。DB乗継ぎ3回でギュストロウに向かう。うまくいったらおなぐさみだ。

ドイツ旅行記2010④

ドイツ旅行記2010~序~(目次)

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ドイツ旅行記2010④ ~マクデブルク、ギュストロウ~

今日は朝から雨。昨日も一回夕立があった。一日こんなかな。おかげで長袖で過ごせそう。朝食はビュフェではないが充分な量。ブルーチーズが出た。シードの付いたドイツパンととてもよく合って、一緒に食べると、チーズの臭みがパンの酸味によって化学変化を起こしたように別の豊かな風味に変わる。おいしかった!

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チェックアウト後、旧市庁舎方面からエルベ川の橋のたもとまで歩き、博物館前を通って大聖堂方面に戻る。博物館も改装工事中だったが、その敷地の芝生の上に、ひと目でわかる人物像が。ケーテ・コルヴィッツだ!晩年と思われる、背の少し丸くなった坐像。そういえば、上野さんの本にもこの像を見た衝撃が書かれていたっけ。すっかり忘れていた。偶然とはいえ出会えてよかった。大聖堂でバルラッハの慰霊像をもう一度見てから駅へ向かう。

さあ、ギュストロウ行き回の乗継ぎ開始。まずヴィッテンベルゲまでの最初のRB(普通電車)は時間通り着いてくれたのだが、そこでシュヴェリーン方面行のRE分遅れ。幸い途中で取り戻したが、その次のビュッツォー行REがまた分ほど遅れ、今度こそはと覚悟を決める。が、分の乗継時間で何とか向かい側ホームの私鉄に飛び込むことができ、無事予定通りの到着となった。それにしても、遅れのアナウンスが流れても眉ひとつ動かさない地元の人々、さすがです。私も表面だけは平静を装っていた。

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懐かしいギュストロウの駅に降り立って、徐々に思い出してきた。駅はあんなにきれいじゃなかった気がする。売店ももっと小さかったし、バス乗場だって。(前回目当ての番乗場が見つからなくて探しまくった記憶がある。何のことはない、6の表示がはずれてひっくり返り9に見えていたのだ。案内板を見て番乗場など存在しないことがわかり、やっと謎が解けたのだった。)今年はバルラッハがギュストロウに居を構えて100周年にあたるそうで、街をあげて Barlach Stadt ギュストロウを盛り上げているそうだ。その割に熱狂は特に感じられない。リーフレットやポストカードがそこかしこに置いてあるくらい、静かなものだ。多少なりともお祭り気分が味わえるかと思ったのに。まずはリュックを下ろしに、ギュストロウ城の前のホテルに向かう。窓からお城や大聖堂が正面に見える、景観抜群の部屋だった。

雨がポツポツ降り出していたが、荷物を置いて、二体目の『空飛ぶ天使』が漂う大聖堂へ。少人数の団体が説明を受けていた。やはりツアーらしきことはやっているんだな。『天使』『十字架のキリスト』の他に、『使徒』のレリーフがあったことも今回気づいた。ゆっくり、しかし着実に、旅の行程は進んでいるのだと実感されてきた。しょっぱなのケルン大聖堂があまりに強烈だったため、エンジンがかかるのが遅くなったけれど…。

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大聖堂を出たら本降り。傘をさしてマルクト方面を歩いたが、やはり長々とぶらつく気分にはならず、聖マリア教会近くにある、ギュストロウで一番古いという書店OPITZに入る。この街とバルラッハに関する本が、おそらくどこよりもたくさん置いてあるだろう。長居をしてしまった。明日は傘をささずに済むといいな。初めての泊、やっと腰を落ちつけられる。

ドイツ旅行記2010⑤

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ドイツ旅行記2010⑤ ~ ギュストロウ ~

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睡眠も充分、朝食もたっぷり、今日は元気だ。早く出たところで、見どころは10時頃まで開かないが、幸い天気も回復したので街をぶらぶらすることにする。商店はさすがに朝が早い。人もまずまず出ていた。Guestrow3困るのは、道が石畳で車道と歩道の区別がつきにくいこと。歩道のつもりで歩いていたら、突如後ろから車がガタガタ音を立ててやって来る。慣れないなあ、これだけは。

再び大聖堂の『天使』を訪ねた後、ゲルトルード礼拝堂の『バルラッハ博物館』へ。きれいなチケット売場兼売店ができていた。前は門のところで買ったのに。園内にはバルラッハでない彫刻も増えていたが、『大地の母』の石像はそのままだった。レンガの建物の中も変わらない静けさ。係の人がいて、写真撮影にお金をとっていたのが違うところか。しかし、ここにいられることの幸せ![ 礼拝堂のスライドショーはこちら ]

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歩き疲れたので、早めに駅へ移動しバスでアトリエハウスへ。ここも以前のままだ。バルラッハの工房は展示物(年譜、写真など)が追加されていて、前回の殺風景さは半減されていた。が、素朴さは同じ。インゼル湖畔のこの静寂が、彼の仕事と仕事を生み出す心象風景には必要だったのだと改めて思う。こんな場所、私だったら住めるかなあ。 [ アトリエハウスのスライドショーはこちら ]

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明日は、遂にラッツェブルクのバルラッハの墓所へ行く。『マクデブルク戦没者慰霊像』と共に、今回いちばん訪ねたかったところだ。無事行けますように。

ドイツ旅行記2010⑥   ドイツ旅行記2010~序~(目次)

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ドイツ旅行記2010⑥ ~ラッツェブルク、ハンブルク~

今日は朝から冷たい雨。窓を開けるとかなり肌寒い。昨日は半袖でもいられたほどだったのに。雨の中を大荷物を背負って歩くのは憂鬱だから、ラッツェブルクでは何としてもバスに乗りたいなあ。リューベック行きのRE分遅れ、が、幸い途中駅で取り戻し、乗継ぎに問題はなかった。

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ラッツェブルクは湖に突き出た小島のような街。駅からは徒歩30分ほどかかる。電車の遅れもなく無事バスに乗れ、市街のある島を通り越え橋を渡ってまっすぐ墓地へ。中心部Friedhof3_3 からはかなり離れている。バスは墓地手前に停まり、入口もすぐわかった。死者の皆さんの眠りを妨げないようにと、恐縮しながら静かにうろうろ。やっと『唱う修道僧』の後ろ姿が見えた時は、思わず感激の叫びをあげていた。彫刻をはさんで手前右にバルラッハと父、そして2001年に亡くなった息子のニコラウス、左には母と弟ハンスの墓碑が並ぶ。バルラッハの墓には、まだ新しい赤い花束が供えられていた。私のような訪問者が他にもいたのだろうか。慰霊と贖罪の詩編を唱え続ける『唱う修道僧』。その調べは墓地全体に響き渡り、バルラッハの闘い疲れた魂と、ここに眠る一人ひとりの傷ついた魂を癒していく。ああ、ここに来られてよかった!本当に、思い立ってよかった。心から感謝。帰りは横なぐりの細かい雨に傘を持っていかれそうになったけれど、全然平気。興奮さめないまま、島に通じる長い橋もあっという間だった。

ラッツェブルクは今、『バルラッハ博物館』と地域の教会の協賛による、ケーテ・コルヴィッツ&バルラッハのイベントの最中らしく、『博物館』隣りの聖ペトリ教会でもコルヴィッツ展が催されていた。『博物館』では、バルラッハの劇作を中心に展示が企画されていた。彫刻家だけでない、様々な顔を持つバルラッハ。彼の数少ない戯曲は高い評価を受け、今に至るまでドイツ中の劇場で上演されているのだ。

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雨は一向に止む気配もなく、マルクトも開店休業状態。それ以上歩きまわる気にもなれず、予定を一時間切り上げてハンブルクに向かうことにする。ラッツェブルク午後3時の気温15℃。まあ仕方ないか。

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ハンブルク中央駅に着くと、雨も上がっていた。そうそう、このどでかい駅、思い出した。北口と南口があって、どちらも独立した駅舎と言ってもさしつかえないほど、フロアにわたって飲食店がずらりと並ぶ。そして人、人、人。とにかく日に日に重くなる荷物を下ろしにホテルへ。そこは、色々な言語が飛び交う移民街。普通の店といかがわしい店とホテルが交互に建ち並ぶ、世にも奇妙な一角だった。しかし、狭い入口を上がっていくと、ごく普通のレセプション、ごく普通のホテルだった。バス・トイレは共同だが部屋のすぐ前にありどちらも清潔。部屋も廊下も品のある落ち着いた雰囲気で、日本のビジネスホテルといった感じか。ドイツの宿泊施設は、本当に外見ではまったく判断できないのだ。

さっそく繁華街へ繰り出すと、どこからこれだけと思うほど、市庁舎に通じるオープンカフェは人だらけ。土曜の午後だからかな。明日はきっと閉まっている店も多いのだろう。市庁舎前の人口湖アルスター湖、ここでバルラッハの戦没者慰霊碑に再会する。前回の最終日、雨の中別れを告げたことを思い出す。うれしい、また来ることができて。帰りにドラッグストアRossmannSekt(スパークリングワイン)と白ワインの小瓶を買った。ま、話のタネに。明日は一日ハンブルクだ。

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ドイツ旅行記2010⑦ ~ ハンブルク ~

今日は移動がないので気分的に楽だ。早めに朝食をとり、せっかくの日曜なので、港の日曜朝市フィッシュマルクトに出かけることにする。何という人混み、そして何という広さ。30分やそこらではとても全部は見られない。移民のフリーマーケットも出ていたけれど、やはり見どころは獲れたての魚や野菜、植木や果物だ。編みカゴに入った、ひとカゴいくらの商品もあった。ハンブルクではウナギもおいしいらしいけれど、どうやって食べるのだろう。サケやニシンのマリネをそのままパンに挟んで出していたが、あれはちょっと食べられないな。せめてフライにしてほしい。… 9:30AMには終了のアナウンスが流れた。しかし人が引く気配まったくなし。閉店間際にディスカウントの投げ売りが始まるので、それを目当ての客でいっぱいなのだそうだ。みんな賢い!

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その喧騒をバックに港を眺めていて、これもドイツの一風景なんだなと感じ入る。古城や山のイメージはここには皆無だが、威勢のいい海の男の売り声や掛け声は、海風に心地よく響いてすがすがしい。そう、ハンブルクはハンザ同盟の中心地、海の交易の街でもあったのだ。

日曜日はやはり休業の店が多く、街は昨日より静かだ。ただ、市庁舎前と中央駅だけは別。市庁舎前はイベント広場だし、中央駅は国際空港も近いので、街への入口のみならずドイツへの入口でもある。外国人も多く、無国籍の別世界なのだ。

132mの展望が楽しめる聖ミヒャエル教会、古いハンブルクの街並みが残るペーター通り、ハンブルク歴史博物館と、しばし街を散策した後、S1に乗って郊外の『エルンスト・バルラッハ・ハウス』へ向かう。敷地のイェーニッシュ公園にオープンカフェができていてびっくり。建物の中は年前と同じだった。ただ、バルラッハ・ギュストロウ100年のイベントとして、「バルラッハと女性」というテーマでどこかで展示会が行われているらしく、女性をモチーフにした彫刻数体が今回は見られなかった(『凍える少女』『母と子』など)。それでも、『モーゼ』『ベルセルケル』『再会』『耳を澄ます者たちのフリーズ』そして『苦行者』、一つひとつの彫刻との再会を喜び、じっくりと語り合う。ここに月一回でも通えたらなあ。ドイツは遠すぎる! [ バルラッハ・ハウスのスライドショーはこちら ]

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その後Sバーンで市庁舎前へ戻り、歩いて倉庫群へ。ここでまた降られる。が、雨でも観光に訪れる人は後を絶たない。それに励まされ、めげるものかと写真を撮る。続いて、Ham18近くの聖ニコライ教会メモリアルに向かう。ケルン大聖堂と同じゴシック造りの元教会。今は平和への誓いのシンボルとして、大戦の痕跡をとどめたままの姿で残されている。教会だらけのハンブルクにあって、特に心に刻まれる場所のひとつだろう。

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時、また雨が降り出した。雷も鳴っている。今日のハンブルクは20℃。前半暑かったので、長袖のシャツは不要だったかと思うこともあったが、ここ数日の肌寒さで結局皆使っている。傘もショールも。明日は、シュレースヴィヒとキールのバルラッハに会いに行く小旅行だ。いい一日になればいいと思う。

ドイツ旅行記2010⑧   ドイツ旅行記2010~序~(目次)

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ドイツ旅行記2010⑧ ~シュレースヴィヒ、キール~

実質的に旅行最後の今日は、朝からどんよりとした曇り空。今日も鉄道移動で、さっそく遅れが出ているが、乗換えがないので気楽なものだ。夕方までにハンブルクに戻って来れればいいのだから。

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ハンブルクからRE時間40分ほどのシュレースヴィヒは、小さな街だがきれいで住みやすそうだ。これまでの印象で、ドイツの小さい駅=汚い=荒れ放題と思い込んでいたので意外だった。街の人々が意識を持って整備してSch03いるのだろう。15分ほど歩くとゴットルフ城の敷地が見えてくる。南部ドイツのシンデレラ城のような古城ではなく、ギュストロウ城もここも格調高い大邸宅といった佇まいだ。その一角に、シュレースヴィヒ=ホルスタイン州立博物館があり、コルヴィッツやバルラッハの他、マックス・ベックマンら表現主義の作家の作品も展示されている。また、リューベックの聖カタリーナ教会の壁面にバルラッハ作の三体と共に収められた、ゲルハルト・マルクスの彫刻も見ることができる。シュレースヴィヒはデンマークとの国境も近い海辺の街。展示物の表記もドイツ語とデンマーク語の併記だった。ここの『天使』は、他のふたつと違って明るい展示室を漂っているので、前からだけでなく横からも後ろからも下からも、その姿を遠慮なく心ゆくまで楽しむ。本当に得難い一週間だった。彫刻たちとの別れを惜しみつつ、城を後にする。 [ 州立博物館のスライドショーはこちら ]

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幸い傘を出すこともなく駅に戻る間もなく、雲行きが怪しくなり遠くでゴロゴロ。そして、電車に乗った途端、どしゃ降りになってしまった。危なかった。ほっと胸をなで下ろし、キールに向かう。途中のレンツブルク駅から先、しばらく恐ろしく高い所を走っていたぞ。ただの高架とはわけが違う。家々の屋根がはるか下に見下ろせる。何だこれは、コワイ!!(レンツブルク鉄橋というのだそうです。下の運河を大型船が通るため、地上40mの高さに造られたループ状の橋で、パノラマのような景色で人気があるとのこと。後で知った。)

Kiel3キール駅に着いても雨は残っていたが、幸い傘はすぐたたむほどになった。すぐそばが元軍港の港、大きな舟が幾艘も停泊しKiel8ていた。とても立派な繁華街で、歩行者専用になっている石畳の通りをしばし進むと、正面にニコライ教会が現れる。バルラッハの『魂の戦士』は正面左にすぐ確認できた。雨ざらしで随分な姿になってはいたが、紛れもなくあの獣に乗った像だ。来たなあ、遂にここまで。前回あと一日あれば来ることができた場所。シュレースヴィヒと共に、今回計画に入れられて満足だ。

Kiel4 Kiel5 Kiel6魂の戦士

ハンブルクに戻ろうかという頃には天気も回復し、陽がさし始めた。さあ、戻って最後の夜を楽しもう。明日は早い。

ドイツ旅行記2010⑨


ドイツ旅行記2010~序~(目次)

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ドイツ旅行記2010⑨ ~ 帰国、後記 ~

帰国日。早朝コーヒーとジュースで目を覚まし、空港での朝食用にと簡単なサンドイッチを作る。ハンブルクに別れを告げてS1で空港へ。さよならドイツ、本当にありがとう。乗継のスキポール空港は巨大な空港で、降りたBゲートから大阪行きの出るFゲートまでは、一生懸命歩いても20分はかかった。その所々に、数々のブランドショップやバー、リラクゼーション施設、カジノや美術館までが設置されている。何も買うつもりはなかったけれど、乗継時間までの数時間見て回るのはなかなか楽しい。ついでにオランダ料理のビュフェ・レストランで昼食もして、今回最後の観光気分を味わう。

13:55スキポール空港発。関西空港には翌朝の8時着。大阪の気温30℃。この日、気温はぐんぐん上がり、37℃の酷暑日になりました。

 

[ 後 記 ]

こうして、10日の旅は、何とか滞りなくすべての行程を完遂した。計画にあたっては、前回の経験もさることながら、故上野弘道さんの『バルラッハの旅』(2008年 風間書房刊)をかなりの部分参考にさせていただいた。上野さんは、同じ彫刻家としての視点からバルラッハを追い続け、まだ国交も定かでなかった旧東ドイツの各地を渡り歩いた方だ。『バルラッハの旅』は、大学教授でもある上野さんが、学生を率いて10日間のバルラッハ旅行を実施された記録が中心。その完成を待たずに上野さんが急逝されたため、旅に同行された二人の息子さんが加筆・出版された。

日本のバルラッハ・ファンの先駆けとしての熱い思いが綴られた数々の著作を、私も愛読していたので、早逝はとても悲しいが、最後に素晴らしいガイド本をプレゼントして下さったと思っている。心から感謝します。表紙の写真はあの『マクデブルク戦没者慰霊像』。きっと多くの人の目をひくはず。この本によって、必ず新しいバルラッハ・ファンが生まれることだろう。

ドイツ旅行記2010~序~(目次)

 
 
 
 

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