ドイツ旅行記3

ドイツ旅行記2012 & 所感

 2012年夏のドイツ旅行(8/16-23)は、ドイツの街でゆっくり過ごしたいとの思いから、乗継便利用のない行程を組んだ。フランクフルトまで飛び、鉄道でデュッセルドルフへ移動、そこを拠点に周辺都市を訪れ、続いてケルンを拠点にボンへ小旅行、そしてフランクフルトへ戻るという、私にしては無理のないスケジュールだった。

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 デュッセルドルフ最大の目的は、ノード・フリートホフ(北墓地)にある、バルラッハ作のリンデマン墓碑を見ることだった。広大な敷地をうろうろ探した後に石のモニュメントが目に飛び込んできた瞬間、息が止まった。さわさわとそよいでいた風すらも止んでしまったようだ。農婦の像。腰を下ろしたその背筋はぴんと伸び、閉じられたまぶたは瞑想しているようにも風の音に聴き入っているようにも見える。虚飾を一切取り払った一個の人間、何も持たない人間、なのにそこから発せられるのは、周囲を圧倒するばかりのこの気高さだ。ああ、バルラッハを見た!滞在中ここへは二度訪れ、目とカメラにしっかり焼き付けて旅の収穫とした。

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 この感動のせいか、私のバルラッハ熱に火がついた。デュッセルドルフでは他にバルラッハ作品を見ることができなかったので、衝動的にブレーメン行きのICに乗ってしまった。ブレーメン博物館にバルラッハの木彫りがあることを思い出したからだ。ブロンズと違って木彫りは一点しかない。これは逃すわけにはいかない。ブレーメン中央駅の案内所でマップをもらい、旧市街と公園の間の歩道を歩くこと約1キロ、お目当ての像は明るい博物館の近現代美術のコーナーにあった。『嵐の中の羊飼い』30センチほどの小品だが、題材といい形といい、まさにバルラッハ。突然の嵐に両足を踏んばり耐える武骨な羊飼い。その外套のすそに身を隠す相棒の牧羊犬。大自然の恵みで生きる素朴な労働者が、その自然に翻弄される日常の一瞬を捉えた作品だ。自然は時に慈悲深く、時に牙を剥く。羊飼いは狼狽してはいない。受け入れ、耐え、待つだけだ。大地で生きていくしかない彼ら(我々人間)の、それが宿命だからだ。

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 翌日ケルンに移動。ケルンでは、アントニーター教会の『空飛ぶ天使』に再会。驚いたのは、他にも二体、『説教するキリスト』とマールブルクのエリーザベト教会にもあった『十字架』が設置されていたこと。教会が『天使』の本を出版したのに伴い購入したものらしい。バルラッハに重きを置き始めてくれたのは嬉しい。今度来る時にはもっと充実しているかもしれない、などど期待がふくらむ。

そしてもう一箇所どうしても訪れたかったのが、ベルギーにあるケーテ・コルヴィッツの『嘆き悲しむ父母』のレプリカが置かれているという旧アルバン教会跡だ。華やかなカフェが立ち並ぶ一角に、ひっそりとそれはあった。閉ざされた格子門の奥に保存された、外壁だけが残る教会堂、その中ほどに、地面に跪き腕を組んでじっと耐える父親と、涙に暮れる母親の祈る像。人や車の行きかう中、そこだけが別世界の静けさに包まれている。歩道沿いでなければ、坐っていつまでも眺めていたかった。一度立ち去ってもまた戻るを繰り返し、とうとう思いを振り切って後にした。

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 それからも旅は続いたが、バルラッハに関しては、これで終わりといってもよかった。

 今回の旅、決して後悔はしていないものの、やや不満が残る結果となってしまったのは、計画のきっかけが、春の父の死去を巡るストレスにあったからだろう。実はその直前に私は、バルラッハ財団お墨付きの信頼できる機関から、バルラッハのブロンズ『笛を吹く人』を購入していた。本当ならこの年はもうそれだけで満足できるはずだったのだが、憂さ晴らしに“ドイツ行き”を使ってしまった末の失敗ということか。

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 この旅を通じて実感した。バルラッハの彫刻が見られないなら、私にとってドイツ行きなど無意味なのだ。これは言い過ぎだろうか。確かに、例えばケルンは素晴らしかった。あの大聖堂!年末の恒例となりつつある長崎滞在と共に、私の奥底に今もかすかに息づいている“カトリック”を刺激してやまない。しかしそれだけでなく、ケルンの大聖堂には、あのおどろおどろしい中世から血なまぐさい近世、近代と、人間どもの栄枯盛衰を見届けてきた“物恐ろしさ”がびんびんと漲っている。もともとそういうドイツに魅了されて追い始めた私にとって、まさにそのデモーニッシュな魅力の体現であり、集大成ともいえる姿なのだ。あの真黒な塔を見上げるたびに震えが起こる。聖なる邪悪―― 私のドイツそのものだ。

“デモーニッシュなドイツ”を求めて関心を持った場所、訪れたい場所は他にもある。トーマス・マンのリューベック、クライストのフランクフルト・アン・デア・オーデル、ワイマール時代の映画が栄えたベルリン、ポツダム等々。しかし追い立てられるほどではない。ドイツ語を学んだおかげで、ネットで本を取り寄せるだけでもかなり満たされている。そもそも私がドイツ語学習を決意したのは、ドイツに興味を持ち、日本語や英語で手に入らない本格的な文献を読みたかったからだ。その目的が“バルラッハ以外の”ドイツについては、叶えられていると言ってもいい。が、バルラッハだけは、見なければ、触れなければ、対話しなければ。

 だから今回訪ねた他の場所は、「バルラッハが無い」というだけで、ただの味気ない町となり果ててしまった。バルラッハと出会えなければ、今回出かけたフランクフルトの博物館群やゲーテ・ハウスも、デュッセルドルフのハイネの家も、ベートーベンのボンですら、今となっては思い出すのも稀なほどだ。逆に、部屋にバルラッハの『笛を吹く人』があるだけで、それが毎日見るとはなしに目に触れている、それだけで、不思議なほど“ドイツ行熱”を抑えることができている。そう、私がドイツへ行くのは、バルラッハに会うためなのだ。今後の旅は、バルラッハの地ギュストロウとハンブルクは絶対にはずせない。どんなに時間のかかる大変な旅程になっても、この二つの場所だけは組み込む。それを肝に銘じた。

 

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