ドイツ旅行記4

ドイツ旅行記2013①~ハンブルク(12/24-25)

   「バルラッハの彫刻が見られないなら、ドイツ行きなど無意味」前回の旅(「ドイツ旅行記2012」)の反省と確信を胸に、こんなにも早く次の計画を実行してしまった。クリスマス・イブ(12/24)から12/30まで。行先はハンブルク、ギュストロウ、そしてギュストロウからハンブルクへの帰りにリューベックにも立ち寄ろう。計画を立てたのが夏だったので、早割りもあって格安の航空券を取れたのは有難かった。
 
  初日、まだ冬休みに入ったばかりで旅行客も少なく、飛行機もガラガラ、おかげで座席を二つ使え比較的楽な機内時間を過ごすことができた。しかし、フランクフルトでの乗換えには今回も苦労した。とにかく広すぎるのだ。乗換者用の入国審査場も教えてもらわなければ見つからない。国内便のゲートに辿り着けたのは、搭乗時刻の15分前だった。ハンブルクには夕方着いたが、外は既に真っ暗。緯度が高いため、冬は4時頃から暗くなり始めるそうだ。クリスマス・イブでもあり商店はすべて閉店、駅ナカの店も早じまいばかりで、こちらも疲れていたし、この日は夕食用にパンだけ買ってホテルへ直行した。
 
  二日目、起きても外は暗く、朝食をとっていた8時半過ぎに、ようやく空が白み始めた。昨夜は雨が降ったようで、天気の悪さも薄暗さの一因だったろう。今日メインの『エルンスト・バルラッハ・ハウス』は、この時期11時オープンなので、10時過ぎにホテルを出て街の目抜き通りをぶらぶら市庁舎へ向かう。そこはキリスト教国、店舗はひとつ残らず閉まっている。人通りもほとんどない。気温は10度近くある。氷点下も覚悟して来たのにマフラーも手袋も出番なしで、湿気を含んだ外気が頬に心地よいほどだった。

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  やがて、市庁舎広場前のバルラッハの戦没者記念碑と再会。ここへ来ると、ああ、バルラッハに会いに来たんだと実感する。普段は賑やかな広場も人影がまばらだったので、気兼ねなくじっくり見て写真に撮れた。そしてSバーンに乗り、いざ『バルラッハ・ハウス』へ。

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  事前にインターネットで確認してきたものの、本当に開館しているだろうか。『バルラッハ・ハウス』は外に灯りのもれる窓が全くない建物なので、扉に手をかけるまで不安半分だった。しかし一歩中へ入れば、そこはバルラッハの世界。別の芸術家の作品展も併設していたためか、展示されている彫刻は少なく感じたが、やはり主役はバルラッハで、見どころを落としていないのはさすがだ。充分満足できる。もう何を急ぐでもない。まず写真を撮り、それからじっくり幾度も回って作品を満喫した。 
 

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  木彫り『悩める女』をカメラに収めようとして、はたと困ってしまった。どんなに角度を変えて撮っても、彼女の焦燥や不安がうまく写らないのだ。空虚に前方を漂う視線や結んだ口元、すぼめた丸い肩から衣服のしわの流れを伝って組んだ両手の先へと、全身を通してびんびん発せられる彼女のじりじりする想いが、ファインダーを通すと消えてしまい、ただのふてくされた仏頂面になってしまう。
  バルラッハの特に木彫り作品には、面と向き合わなければ感じ取れない迫力と生命がある。木という生命を持った素材が、表現する人物の微妙な心の揺れまでをも描き出すのだろうか。逆に『苦行者』『モーゼ』など超俗した人物は、不安や脆さが感じられないためか、くっきりと写る。迷いを克服した、突き抜けた人間の姿だ。
 
  以前なかったものもあった。映像コーナーができていて、バルラッハの晩年をドキュメントしたビデオが上映されていた。その中に、ギュストロウの『天使』がナチスの信奉者たちによって撤去される劇映画の一場面が流れた。「劇映画の一場面」をダウンロード斧でまず後ろ側の鎖を断ち切ると、天使はバランスを失って大きく上へ傾く。そして今度は前側の鎖が切られ、大きな金属音を立てて、天使は固い石の床に叩きつけられる。そしてそのまま悲鳴のような音を立ててひきずられていく。本を読んで頭の中で想像していた光景と、創作とはいえ実際目に飛び込んでくる映像とでは受ける衝撃が違う。こんな場面が、多くのユダヤ系の、そしてバルラッハら“ユダヤ系とみなされた”芸術家をめぐって、あの時代幾度繰り返されたのだろう。
 

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   その後、S1でヴェーデルまで足を延ばして『エルンスト・バルラッハ博物館』を訪れる。以前も一度来たバルラッハの生家跡だ。今は様々な美術展を催している。
  『バルラッハ・ハウス』と違い、ここはバルラッハ作品を完全に撤去して展示を行うので、名称に期待して訪れるファンは、彼の作品が何もなくてがっかりするだけだ。バルラッハの生家を使用してアートを発信するという趣旨なら、名称も『バルラッハ記念博物館』とでもした方が親切だろう。なにせハンブルク中央駅から40分もかかるのだから。まあ、彼ゆかりの地ではあるので、内装を見て「どこが彼の部屋だったのかなあ」と想像しつつ、建物を撮影して帰った。明日はギュストロウへ向かう。
 
 
 
 
 
 

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ドイツ旅行記2013②~ギュストロウ(1)(12/26)

 ギュストロウ初日の26日は、大変な一日になった。REは乗継ぎもスムースで無事時間どおり到着したのだが、ギュストロウ旧市街に入ったところで嫌な予感が走った。店という店がすべて閉まっているのだ。書店も食料を買える店もアウト。直行したホテルでも、荷物は置かせてもらえたものの、受付の灯りすらついていない(チェックイン時間までは閉鎖ということか)。そのうち雨が降り出し、完全防備で出て来たので(この日のハンブルクは昨日とは打って変わって気温0℃)寒くはなかったけれど、傘を出すことになった。
  極めつけは、この日行くはずだった『ゲルトルード礼拝堂』までが閉まっていたこと!門から首を伸ばして開館日を記した貼紙に目を凝らすと、12/25と26はクリスマス祭日なのだそうだ。ホームページでは「クリスマスは特別スケジュールにより開館」とあるだけで、詳しくは出ていなかったのだが、25日を外せば大丈夫だろうとタカを括っていたのが大間違いだったのだ。絶望的な気持ちになりかけたところ、更によく見ると、『アトリエハウス』の方は26日も11~4時開館とあった。急遽頭を切り替えて、27日に行く予定だった『アトリエハウス』を前倒しすることにし、バスの時間も迫っていたので、そのままがむしゃらに駅へと走った。バスは二時間に一本しかない。いや、乗り遅れたって構うものか、だめならタクシーだっ!
 

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  バスも休日ダイヤで、やって来たのは15人乗りくらいの大型タクシーのようなコミュニティ・バス。料金は普通のバスの半額以下でお得だったが、町中をぐるぐる回って時間もかかった。が、旧市街を出たギュストロウの家並みを眺めることもできたし、何よりもアトリエハウスの前まで行ってくれるのがうれしかった。いつもは途中の学校前のバス停から20分森の中を歩いて行っていたから。散策は苦にならないが、冬の雨降りはこたえるので、やはりバスは有難い。『アトリエハウス』の門が開いていて灯りがともっているのを見た時、この数時間のドタバタをImg_03471_2振り返って一気に疲れてしまった。が、そこはそれ、気を取り直して帰りのバスが来るまでの2時間を楽しんだ。
 

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  ここでは受付で本を一冊購入したほかに、アドベントのセールとやらで古書を販売しているコーナーがあり、思いがけなくも『耳を澄ます人たちのフリーズ』の古い絵ハガキ一式と、バルラッハ作品を紹介したDDR時代のタブロイド紙のようなものが手に入った。ああ、来られてよかった!市街へ戻ってもどこも開いていないので、この日は駅の売店でパンと水を買って夕食とする(こんなの慣れっこだ)。
 
 
 
 

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ドイツ旅行記2013③~ギュストロウ(2)(12/27)

  27日は天気もまずまず、ゆっくり朝食をとってから出る。この日の街は開いている店も多く、人通りもあって活気づいていた。まずは、バルラッハがかつて住んでいた家とアトリエの跡地を通番地を頼りに訪ねてみた。いずれも旧市街から少し西に外れた住宅地にあった。彼がギュストロウで最初に居を構えたシュヴェリーナー通りの家は、むろん改装されてはいるものの、当時の面影を残しているのだそうだ。

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  『ゲルトルード礼拝堂』の開館時間11時まで間があったので、以前も訪れた書店Opitzを覗いてみることにする。
 Opitz は一目で良い書店だとわかる。広くはないが見やすいレイアウトで奥行きを感じ、隅にはお茶を出すコーナーまで確保。店主は客と気軽に語らい、客の質問にも的確に対応して信頼感が漂っている。近くにある別の書店も覗いたが、そこは量ばかり多くて駅ナカの本屋みたい。差は歴然だ。こういう店が街に一軒あると安心だなあ。ここでは、“Ernst Barlach ~ Landschaften seines Lebens(エルンスト・バルラッハ~その人生の風景)”と51c4bysssalいう本を買った。彼が生涯の各場面で接した事物や風景や自然を、写真と彼および彼ゆかりの人々の言葉で綴った写真集だ。以前アマゾンで見たことはあったが、内容がわからなかったので買わずにいた本だった。暗く深い森に残る廃線の鉄路、閉鎖されて久しい修道院、断末魔の妖怪のように身をよじる巨木。かと思えば、広大な牧草地の果てに弧を描く地平線、低い灌木に覗く可憐な花々、分厚い雪と氷の層に塗り固められてしまったような真冬の家並み。そんな季節ごとに表情をがらりと変えるギュストロウの自然の中を、コートを肩に引っ掛け杖を手に、少しせっかちに歩いていくバルラッハの姿が浮かんできて、ページをめくる手が止まらない。私のバルラッハへの目を更に開いてくれる一冊になるだろう。日本に帰ったら、しばらくはこの本に没頭だ。
 

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  『ゲルトルード礼拝堂』には、何度来ても、腰を落ち着けいつまでも座っていたい気持ちにさせられる。
  『アトリエハウス』は工房なので、むしろ仕事に打ち込むバルラッハ自身の姿を追想できる空間だ。外の光をいっぱいに取り込む高窓、手洗い、作業台、鎖、棚、皆彼が使いやすいように、彼自身が手を加え整えたままに残されている。しかし『礼拝堂』は何といっても彫刻たちが主役。どれもこれも、その前に立てば何かを語ってくれる。一体残さず、生命を持っているのだ。作者の想いから生まれ、作者の想いがそのまま宿って息づいている、100年近くを経ても。恐るべきことだ。
  前回どういうわけか撮影しそこなった『思案する人(思いめぐらす人)』を、今回はじっくり見た。これは、当初『耳を澄ます人たちのフリーズ』の一体として製作されたが、後に『盲目の人』と入れ替えられたのだそうだ。黙想から得た示唆を味わい、かみしめているような深い面差し。前に立っていると、静かな呼吸が聞こえてくるようだ。まさに『フリーズ』に数えられるべき作品だ。
  いちばんうれしかったのは、京都で出会って以来、一度も見ることのできていなかった木彫り『凍える少女』と遂にドイツで会えたこと。以外に小型だった。でもあのまなざしは記憶のまま。この像も『悩める女』と同じく、カメラではその恐怖や絶望が捉え切れない作品だ。
  『読書する修道院生徒』も同様。修道者として超俗の領域へすでに入りつつも、緊張した肩や閉じたまぶたに初々しい迷いがかすかに残っている。向かい合って初めて感じられる少年の不安。心と心だから伝わるもの、これはカメラには写らない。

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  大聖堂は、今は一日二回、各一時間ずつしか公開していないため、時間までひと休みしにホテルへ戻ることにする。一時間ほど休憩し、外へ出ると風が冷たかった。
  ギュストロウは碁盤の目のような細い通りに面して家々が整然と並び、そこを風が直Img_2659線に吹き抜けていく。大聖堂はそんな通りの一本を辿った先に、普通の民家のように突然姿を現わす。あまりに地味で、旧市街中心部にあるマリア教会の方がよっぽど大聖堂らしく見えるほどだ。が、中に入ると、外とは一転荘厳な静けさが漂う。そして、黄金の祭壇や由緒ある公家の数々の遺物がきらめく主聖堂からは忘れ去られたような北の一角に、窓の薄明かりとクリスマスツリーの灯火だけにひっそり浮かぶ『空飛ぶ天使』があった。傍らに腰かけて、じっと見つめる。『バルラッハ・ハウス』で見たあの映像が音響と共に甦った。 

 

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  そう、ここだ、『天使』がいるのはこの場所でなければならない。バルラッハ自らが設置に携わったこの場所。ケルン(アントニーター教会)のあの明るい正面でも、シュレースヴィヒ(州立博物館)の広い空間でもない。写真が撮れないほど暗い、このギュストロウの北翼でなければ。華やかな仮面を剥いだ裏に現われる、愚かでみじめな真の人間の顔。苦難、無力、歴史の残酷、人間の哀しさ、そのすべてが感じられるのは、ここしかない。あの悲惨な運命を辿った『天使』だからこそ、複製として戻った今も、当時の願いそのままに人々の心を打ち続けるのだ。これほど祈りにふさわしい場所があるだろうか。他の彫刻たちは、よそでも見ることができる。しかし、『天使』だけは、ここで出会わなければ。他の都市でどんなに多くの展示が催されても、ここで『天使』を見ない限り、バルラッハを見たことにはならない、そう言い切ってもいい気さえする。これを見るために私はギュストロウを訪れ、訪れ続けているのだ。
 
 
 
 

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ドイツ旅行記④~リューベック、ハンブルク、帰国(12/28-30)

  28日、曇っていたが寒くはない。リューベック行きのREは始発だったので、すんなり座れた。
  リューベックまで1時間45分。車窓から見える風景は、森、平原、湖、時々集落。延々この繰返し。私はどうしてこんな所に来てしまったのかとつくづく思う。バルラッハ見たさの一念だ。ここへ来なければ、彼の魂と出会えない。初めて訪れた時は、もう来ることはあるまいと思ったものだが、これで三度目。毎回これで最後だと後ろ髪をひかれつつ(反面早く都会に戻りたいとそわそわしつつ)駅を後にしているのも同じ。そう、今回も。

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 1時間半ほど走った時、シェーンベルク駅を通った。バルラッハはハンブルク郊外のヴェーデルで出生後、一家がラッツェブルクへ転居するまでの幼少期の数年をこのシェーンベルクで過ごした。父の死後、母と一家は再びシェーンベルクへ戻り、バルラッハはこの地で中等学校を終えた後、ハンブルク工芸学校へ進学した。リューベックからは東方向、ラッツェブルクは南方向に、共にREで15分ほどの所にある。
 
  リューベックでは、カタリーナ教会壁面のバルラッハの彫刻三体と再会。二、三の施設を訪れたあと、広場でクリスマスの屋台がたくさん出ていたので、しばらく賑わいを楽しんでハンブルク行きのREに乗った。ハンブルクに着くと、こちらもクリスマス一色。マーケットはクリスマスで終わりだと思っていたのに、まだまだ続く模様。これはうれしい誤算だった。

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  29日は日曜のため一般店舗は閉まっていたが、マーケットはやっていた。日本でも人気の高いエルツ地方の工芸品なども半額になっていた。愛好家にはたまらないだろう。改めて感じたのは、クリスマス・マーケットは大人の楽しみだということ。子供向けの乗り物も出てはいたが、夜の長い冬のドイツでは、流行っているのは何といってもビールやグリューワインの屋台だ。寒空の下、皆着込むだけ着込んでカップを片手に談笑している。よくぞこれだけの人が繰り出してくるものだ。どれだけマーケット好きなんだ、ドイツ人!
 

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  最終日はシュレースヴィヒに行く計画を立ててきたのだが、ギュストロウでの感動が胸を一杯にしていたので、これ以上詰め込むのはやめ、もう一度『バルラッハ・ハウス』を見て旅の締めくくりとすることに決めた。四日前と違い、今日は多くの人が訪れていた。こんな辺ぴな場所にある、こんな小さな施設に足を運んでくるなんて、ドイツにはたくさんのバルラッハ・ファンがいるのだ(併設のイェーニッシュハウスに来たついでなのかもしれないが。共通券だから・・・)。思い残すことがないよう、ゆっくり時間をかけて目に焼きつけていこう、あのビデオをカメラの動画に収めるのも忘れずに。
 
  翌30日は帰国だけ。暗いうちに中央駅を出発した。飛行機はこの日も空席だらけで、帰りも座席を二つ使えた。日本では昨日今日あたりが年末の出国ピークなのだろう。機内食に出た何でもないロールパンの何とおいしかったことか!ドイツパンは大好きだけど、一週間食べ続けるとさすがにシンプルなものが欲しくなる(とはいえ、機内で日本食を食べたいとは思わないが)。
 
  強い偏西風とやらの影響で、予定より1時間も早く空港に到着。機内ではいつも眠れないが、夏とは違い、外に出た時あの暑気にガツンと襲われなかっただけ体力的に余裕だ。JRの車窓から見る大阪郊外は、ギュストロウやハンブルク郊外に劣らず静かな佇まいだが、ドイツではそこらじゅうに見られたすさまじい落書きが皆無なだけほっとする。あれを延々と見せられるのは本当に疲れたから。
 
  冬の北ドイツを見てみたくて計画した旅行だった。朝の底冷え、身を切る風、雪の森を感じたくて。バルラッハの過ごしたはずの北ドイツの冬は、格別だった。オーストリアにしか雪が降らないという異常気象の暖かい冬だったとはいえ、過去二回とは違う新鮮な体験だった。
 
 
 
 
 

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