『エルンスト・バルラッハ』(カールス)

『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(1)

 芸術的効果を深めるには、重大な時事問題を扱うことと、人々の生活の実際的な目的に近づけていくこと以外に道はない、人は今日こう考える傾向がある。この見解からは多くの誤った結論や要請が導き出されてきた。苦労して評価を試みても、この基準に当てはめることのできないものが漠然と蔓延した。そして造形美術についても、時代への親密さが求められることは稀ではなかった。多くの場合それは、無条件かつ徹底して現世を肯定する基本姿勢をとることと見做されてきた。いわば、創造力あふれる芸術家に時代の内部で行う職務を押しつけようとするもので、そんな排他的な仕事がそのような人物においそれと与えられるはずもないのである。

 いつの世にも、きっぱりと時代を問う態度を貫いて価値ある仕事を成し遂げた芸術家がいる一方で、時代と手を結ぶことを通して芸術上の利益を上げた芸術家もいた。しかし同時に、時代に従うことも時代の潮流や方向性に埋もれることもなく、――言葉を変えるなら時代と手を結ぶのではなく、時代に背を向けて生き創作する芸術家が今も、そしてこれからも必ず存在する。現代においてこのタイプに属する芸術家、それがエルンスト・バルラッハである。

 芸術の使命は――政治、社会、哲学、世界観の如何を問わず――ひたすら時事問題の解決に協力することにのみ果たされるべきであると考える者は、到底バルラッハの作品を理解することはできない。確かに、彼の演劇作品の中にも時代批判的な要素は含まれている。それが際立つものに、例えば彼の最新作『良き時代』がある。或いは、情け容赦ない絶対的真実を知的精神的に追求していく劇作家バルラッハが、しばしば現代の問題の中へと入り込み同様に人々の心を強く揺さぶっている事実は、この意図のもとに書かれた多くの作品が物語るとおりである。それでもやはり、バルラッハの作品を完全に理解できるのは、芸術に時代を論じる以上の何かを求める者、より正確に言えば、芸術と人間の心の関係に影響を及ぼす天地や悠久の力を、芸術において包括的に論じようとする者だけなのである。

 現世的な狙い一本に向けられた芸術と時代を超えた目標に向けられた芸術に、常に初めから何らかの質的差別化を図ろうとするのは的外れである。現代が決定的な意味を持つようになったのは、社会や政治に対する率直な問題提起の賜物であることを芸術家が認め、自らのロマン派的芸術解釈の基盤を捨てて日々の闘いへ向かっていくためには、言うまでもなく勇気と非常に誠実な人間性が前提条件となる。しかし一方で、時代に即した芸術作品にどれほどの賛同を示そうが、不朽の芸術的功績の多くが時代に対抗する精神、そして時代に拘束された目標設定に反抗する精神から生まれているという事実を、誰ひとり無視することはできない。雄々しく貪欲に時代の移ろいやすさに抗っていくあの強靭な創作の精神を、その生活圏に押し込めるようなまねはしてはならないのである。

 時代に対するこうした反抗精神から作品を生み出す芸術家は、非常に多くの場合、広い表街道から離れた道を行く。しかし脇道に留まるからといって、常に世をすねているものと解釈したがるのは誤りであろう。弱さゆえに離れていくこともある。しかしまた、時代の意図におびやかされない使命に向かって、みなぎる力でひたすら打ち込むあまり離れていくこともある。これまで再三強調されてはその芸術的意義を弱める口実に使われてきたバルラッハの孤立は、後者のタイプに当てはまる。それは彼が心の奥底で感知した使命へと精神を集中する姿なのである。彼は自らの中に生命の充満を確信できる、今日では稀な気骨の持ち主である。彼にはこの生命の奥深くへと潜っていく意志と能力がある。――その際の行動が王道を外れているように見えたとしても、彼には関わりのないことである。しかしまた彼は、その深みから再び浮き上がり、中で発見し拾い集めたものに光を当てる自信をも持っている。それを自ら一つひとつ分けることを通して、彼の作品を再び人々と結び関わらせる遠い的へ弓を当てる方法を知るのである。

  時流に合った芸術と“時代離れした”芸術は、その起源も使命も異なる。従って共に存在し、それぞれの権利と領域が享受されなければならない。時流に合った芸術は、既に題材そのものを通して、新しいものや事件、センセーショナルな出来事などに対する人間の素朴で当たり前の欲求に応じている。強い興味や少なくとも好奇の目に遭うことは最初から確実なので、ことさらその擁護に努める必要もない。が、“時代離れした芸術”ではこうはいかない。それは、題材そのものを通して大きな効果を上げることを断念しているため、またその本質が主として作品を通じて現れるため、理解するのは簡単なことではない。見る者に一瞬でわかるとは限らないのである。自分のものとするためには近づく努力をし、獲得しなければならない。これもまた、厳密に言えばエルンスト・バルラッハの芸術に当てはまる。

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(2)

 その著作『自叙伝』の中で、彼は人生最初の強烈な体験の数々を描いている。それは少年時代の彼を捕らえ、生命の背景にあるものを意識させ、世界に目覚めさせる体験であった。ここに書かれていることは、彼の芸術の基礎となる幾つもの体験の正体を明かす。彼は、子供の頃現実の出来事の背後に潜むものを感じていたと書く。それは目には見えず聞こえもしないが、それでもなお確かに生きていると子供らしく固く信じたのである。出来事の背後に見えないものを見るこの力は、大半の人のように消えてしまうことはなく、むしろ増大して、周囲のあらゆる事物を活気づけ夢のように強烈な姿へ造り替えるという、不思議な能力へと変貌していった。ある無邪気な瞬間に、森は突如として大いなる体験の場と化し、目からウロコの落ちる思いがしたとバルラッハは書いている。彼はこの時の印象をこう表現する。「それはまるで、生い茂る5月のブナの葉の隙間から、よく知っている目が合図を送っているようだった。」円熟期にあったこの芸術家が、――この部分や、また別の箇所で――遠い記憶を再現したこの生き生きとした言葉は、この幼き日の体験の数々が、いかに彼の心に深く刻みつけられているかを示している。

 彼自身の心が現実の世界に与えたイメージが彼を圧倒するというこの出来事は繰り返し起こった。そしてバルラッハが自伝の中でこれらの体験に大きな重みを置いているのは、決して意味のないことではない。なるほど普通の頭で考えれば無意味で根拠のない話に思える。とはいえ、こういう体験が人間として、特に芸術家としての心の成長をもたらすための最も重要な源泉のひとつであることは珍しくないのである。今日では、素性や価値が定かでなく計測不能なこの種の体験について言及し認めることは憚られる。これらは“ロマンティシズム”という集合概念の中に抛り込まれる。――そしてロマンティシズムは忌み嫌われる。その際人は、体験した世界を夢想した世界と、体験する能力を感傷性と取り違えている。かつて、フリードリヒ・ヘッベルはこう問いかけた、「体験とは何か?」この問いに彼はこう答える。「生きるとは内的跳躍である。何らかの満腹感を求めることである。ひとつの可能性が実現した時、それは既に体験である…。人は深い感動を心に留めておくべきかどうかを知らず、生きている証のごとくただ身を委ねるのみである。しかし感動を体験だとは誰一人思うまい…」内的跳躍の強烈さは、バルラッハの体験にも溢れている。人間は、物事に突然新たな意味や様相、それまで気づかなかった内的なひらめきを知覚するとショックを受ける。そこには啓示の力が備わっている。それは、ヘッベルが対比した中身のない生半可な知覚とは、強烈さのみならず本質をも異にする。

 バルラッハは、幻想が現実を打ち負かしたこれらの体験の意義を認め強調することを厭わない。彼は自らの芸術の源泉について釈明する必要を感じている。それは、この少年時代の体験に既に彼の創作の芽が潜んでいることを、今や彼がはっきり感じているからであろう。だからこそ彼は、まだ半ば子供っぽいこの体験の力の最初の目覚めを、周囲の物事をめぐるこの突然の驚嘆を、特別の愛着をもって自伝的スケッチに含め、外的な経過については遥か後方に追いやったのである。

 現実の背後にある事物が特別な役割を演じるというバルラッハの少年期の体験は、既に彼の後年の芸術の本質的な特徴を示唆している。バルラッハにとっての第一義は現実や自分を取り巻く外界ではない。より重要なのは、人間が集めた外界の事物の内的なイメージであり、その事物に一層重要な姿を与える内的な体験なのである。彼は客観的に知覚することによって現実を意識するようになるのではなく、初めから主観的に、生命あるものとして現実にまっすぐ応答している。それを前提にバルラッハと彼が携わる彫刻や戯曲、版画といった様々な芸術との関係が理解されなければならない。同時に、異なる芸術形式間での彼の初期の迷いもここから説明がつく。バルラッハは個々の芸術ジャンルについて、自らの特殊技能にものを言わせたいがために絶えず忙しく活動する専門分野などという見方はしない。むしろ彼は芸術の中に、自らの内的必要の実現と内的世界の実体化を求める。この内的世界のために、外の世界の気ままや偶然に対抗する権利を是が非でも獲得せねばならないと感じているのである。

 それゆえバルラッハは、自分にとって最も扱いやすい、或いは――よく言うように――とりわけ巧みな腕前を持つと思える芸術形式を、職業として選択することができなかった。彼にはむしろ、どれが彼の内面を直接かつ強力に表現できるか識別することの方が問題だったのである。だからこそ、ある時にはスケッチ用鉛筆やのみを取り、別の時にはペンを取る気持ちにかられたのである。当面彼は迷い続ける。彼自身ひとつの芸術形式を選ばねばならないと信じていたからである。種々の芸術に同時に携わるなどという可能性は、彼にしてみれば最初は程遠いものだったのである。

『エルンスト・バルラッハ』(3)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(3)

 バルラッハは1870年1月2日、エルベ川下流のヴェーデルに生まれた。彼は少年時代を、父が医業を営んでいたシェーンベルクとラッツェブルクで過ごした。都会の生活から遠く離れ、彼はこの時期、その性格形成に決定的な関わりを持つ広大な北ドイツの風景と親しく触れ続けた。

 バルラッハ家の人々は昔から、多くのスケッチをし絵を描き文章を書いていたため、エルンスト・バルラッハが幼い頃からスケッチ鉛筆や彫刻刀に手を伸ばし、同時に詩作を行っていたのも何ら驚くに値することではない。しかし、18才となり職業選択の問題が提起されると、答えを出すのは難しかった。いずれにせよ芸術の世界に進むことは、最初は考えていなかった。この問題を偶然の助け舟が解決する。シェーンベルク市の聖歌隊指揮者の息子が、ハンブルクで図画教師の職に就いたのである。この例にならい、バルラッハは1888年、芸術実業学校で図画教師となる養成を受けるためハンブルクへ発つ。

 ハンブルクでの最初の講師は、トルヴァルセンの弟子だという癇癪持ちの男で、彼に才能ゼロのレッテルを貼った。講師は、君の努力は決して報われることはないから永遠に諦めることだと忠告した。しかしバルラッハはひるむどころか、やがて彫刻家への道を歩む決意をする。手始めは石膏像を見本にした製作だった。一方で後任の講師は自由なデッサンを試みることも望ましいと考え、生徒たちに独自の描写を追求するよう助言した。直ちにバルラッハは、ここにあらゆる意欲を投入する。彼に何らかの答えをもたらす世界が開いた。力を傾けるべき方向に初めてうっすらと気づいたのだ、むろんまだ実際に自分にふさわしい道を見出したわけではなかったが。彼の空想力は、依然として美術史の伝統的な世界に押し込められたままだった。彼の円熟期の特色のひとつとなる壮大感の習得のため、ペーター・コーネリウスの壮大な作品に夢中になり、手本として熱心に研究する時期もあった。だが間もなく彼は、こんな共感や模倣を繰り返していても何も実現しないことに気づく。そして、今後は自分自身の手で道を探し出せるかどうかがすべてなのだと自覚する。それ以降彼は題材を歴史に求めるのを止め、日々の生活や街なかに求めるようになる。しかし、現実の世界を忠実に生き生きと描くことが最終目標であるとは、一瞬たりとも思ったことはなかった。彼の課題はむしろ現実の世界を変容させることであり、現実の把握と壮大感の追求を通じて、ある統一性を生み出すことであった。それは遠い目標に思えた。達成への道はまだ閉ざされたままであり、意欲とその実現の間には依然亀裂があった。さしあたって答えの出ないまま、1891年ドレスデン・アカデミーに進学したバルラッハは、よそよそしくアカデミックな壮大感の表現様式と自分独自の造形との間で模索を続けていた。

 やがてある日、彼は一人の友人とパリへ発つ。造形美術とりわけ絵画が常に活気に溢れ、その最も重要ないくつもの決定がなされてきたこの街でなら、自分も決断し、答えを出すことができるかもしれない、こんな期待を彼が胸に秘めていたことは確かであろう。しかし、彼が自伝の中でパリ滞在を綴った部分は、『小舟はどこへ?』という表題で始まり、明らかに日々の不安定な状態を書き記している。当時彼は、存命する芸術家たちのもとで手本となるものや刺激を得られたと自覚することがなかった。ドーミエやロダンなど、彼の気質に間違いなく一致したはずの芸術家たちは、その作品がパリではたやすく触れることができるにもかかわらず、彼の視野に入ることがなかった。期待とは裏腹に、パリは彼の芸術を明確にはしてくれなかった。また当時流行の芸術的潮流も、彼を感化することもなければ損ないもしなかった。彼は帰国する。確かに内的決断はできなかったが、その特性が曇ることもまた無かった。彼は執筆と造形を共に続ける、道がどこへ進んでいくのか依然不明瞭なまま。それでも、いつかあの自分自身の本質に根ざしたひらめきが創作の中へ投げかけられ、試作を通して実現していくのだという確信を抱いて。

『エルンスト・バルラッハ』(4)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(4)

 この時期、彼の中にひとつの出来事が起きる。彼自身最初はほとんど気づかなかったが、それは彼に外の世界では下せなかった決断をさせ、見えなかったものをはっきり映し出したのである。静かな驚きをもって、彼は自分の中にあるひとつの能力を発見する。それはその時まで彼とは縁遠く、また外の世界とも無関係に発現した力、即ち彼の芸術を組織していく能力である。バルラッハはこの嬉しい経験を、みごとな文で表現している。「――まず初めに一度うまくいき、その後もう一度、そして最後には幾度も、――私は選り抜いたものに向かって身を投じた。それが力強い、きちんと定義された、グロテスクな、或いは心に訴えかけるフォルムであっても、また日常の仮面に隠れた微かな、ユーモラスな、或いは奇妙に逆説的な含みを追跡する予感であっても。ぼんやり認めた効果や望ましい効果を強められなかったものを、私はこわごわ手離し始めた。そこにはっきり見えているものをもはや見過ごしもしなければ、それに仕えもしない。私は厚かましくも、それを再編成してやることにした。とはいっても、当然この作業は停滞してばかりだったが。」この新たな経験は現実に比べずっと自由に生き生きと彼の中に流れ込み、決定的な一歩を前進させるものとなった。彼はフォルムについての概念を完全に新たにしたのである。以後の彼にとってフォルムとは、もはや事物の冷たい外観でもベールに隠されたものでもなく、事物に内在する生命である。そして日常という仮面を貫いて、様々な価値や強さをもって輝き出すのである。彼の結論とは即ち、フォルムと内容は別々に隣り合っているものではなく、根本においてひとつであるということだ。仮に“内”“外”という両概念をここに使うとするなら、フォルムとはいわば外に向かって映し出される内容であり、内容は内に向かって投影されるフォルムである。が、結局そうではないのである。なぜならバルラッハの結論によれば、芸術において事物は“内なるもののように外へ”であるべきであり、従って外と内といった区別はもはや存在しないのだから。――フォルムと内容の必然的な統一と融合というこの認識は、芸術哲学上新しいものではなかったかもしれない。それでもバルラッハの当時の発展段階においては決定的な意味を持っていた。また次のように補足することもできるだろう。それは自然主義や純粋印象主義のもと、フォルムの概念が大雑把で表層的になっていたあの時代の状況下で、芸術自体がその本質的基盤に立ち返ることを意味した。

 この新たな確信が彼の創作を貫き新たな方向へ向けた時、バルラッハは芸術家としてひとつの理念が実現する日が近づいた幸福感を初めて覚えた。確かにまだ当面は後退も起こり、大きな内的躍進の後には同様に大きな落胆も経験する。またどん底の恥辱からも逃れることはできなかった。1905年にベルリンでの大規模な展覧会に小さなブロンズ像を出品し、それを見に行った時、展示室の奥にひっそりと置かれたその小品の姿は、彼の期待とは裏腹のものだった。突然彼にはそれが出来損ないに見え、全くの無駄な努力に嫌気がさしたという。その後彼は落胆と絶望のあまり、自分は誰からも注目されず、事実注目に値するような者でもないのだと思いつめ、カフェ・バウアーの片隅でようやく落ち着きを取り戻したと記している。この失望と落胆が、再び彼の澄みきった確信を一時的に曇らせたのだった。

 そして、あるロシア旅行が彼の芸術に最終的な補強を行う。この旅行には何かしら神秘めいたものがあった。ロシアでバルラッハは、その果てしない風景とそこに住む人々に不思議に引きつけられるものを感じる。ここではすべてがある強い意味を持つように思える、即ち圧倒的な現実である!「それは、内へ向かうように外へということだ」これが彼の根本的な印象である。だから創作しなければならないと彼は感じる。人物像を造るのだ、ただひたすら「内へ向かうように外へ、外へ向かうように内へ。」突然途方もない創作意欲が彼を襲う。彼は無数のスケッチと下絵を手に帰国する。その頭は芸術の構想、実現したいと思う構想で溢れていた。

 1906年から1907年にかけて、彼は矢継ぎばやに無数のテラコッタや木彫彫刻を造った。それは特色のくっきり際立つ、芸術上の個性も露わな作品群だった。ロシアの農夫や羊飼い、物乞いの男女の像である。バルラッハはこれらの像の中に、単に網膜に焼きついたロシアの人々の記憶を再現しているのではない。また、珍しい異国風の効果を狙って彼らの人種・民族的特徴を強調しているのでもない。むしろ彼は、ロシアの平原に住むこの無感動な人々の中に、人間すべてに関係する運命の痕跡を知覚する。彼の想像力によって彼らは、人間の存在の虚しさや大地と天の間で打ちのめされた姿を合わせ持つシンボルへと造り上げられる。彼らの姿はあたかもしつこい白昼夢のように彼の頭にしきりに浮かび、その覆いを一つひとつ取り除いてありのままの姿に意識を集中し、そっくりひとつのイメージに焼きつけるまで、彼に休息を与えないのである。Bettlerin4_3

  1907年ベルリン分離派に二体のテラコッタを出品した時、彼は二、三のその道の権威から賛同を得た。特に励ましとなったのは、著名な彫刻家ガウルが彼の仕事を気に入ってくれたことであった。

『エルンスト・バルラッハ』(5)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(5)

 その後数年間のうちに、バルラッハは更にイタリアへの旅を企て、フィレンツェに短期滞在した。しかし南欧は彼には大きな意味を持たなかった。彼と北欧的作風を共有するフリードリッヒ・ヘッベルがかつて感じたように、彼にも確かに南欧の明るさや節度の美しさはわかったが、そこから喜びを得ることはなかった。バルラッハが自らの北方気質と一致するものだけを受け入れ、それゆえあらゆる南欧的なものに反発するというこの事実が、彼の芸術の本質に触れる。彼の創作にはあの北方の薄明かりが必要なのだ。そこでは事物が通常とは別の第二の顔を見せ、現実の背後に不気味なものが姿を現わす。南欧を捨て再び北ドイツ地方に立ち返った時、確かに彼はまず現実に引き戻されるが、同時に新たな挑戦と約束へと自分を導く声を聞くのである。

 そして不思議なことが起こる。フランス、ロシア、そしてイタリアを旅したこの男が、ある時閑静なメクレンブルク地方ギュストロウに赴き、以後その地で孤独な創作に生きることになるのである。彼は雄々しくも明快に、精神を極限まで集中するためにはあらゆる脇道を避けることこそ必要だと気づいたのだ。こうして再び、彼は広い世界を捨て狭い祖国に立ち返る。抗し難い創作への意欲とその喜びは、彼にあらゆる孤独を忘れさせる。創作を通じて捉えた人生や世間は、彼にとって実生活上で人生や世間と呼ばれているものを貪欲につかみ取るよりも、遥かに身近に感じられるのである。Guestrow5_2

 バルラッハは突然、自分と北ドイツ地方との結びつきをまざまざと感じたように見える。この風土から作品への強い刺激を得ることができると意識するようになったのである。帰国によって彼の北方的精神や北ドイツ地方との結びつきの意味が明確になる。彼の作品は本質的な部分に至るまで、この地方の精神や姿から生み出されるものなのである。彼の芸術的表現にはひとつの束縛がある。故郷や民族といったものへの従属がある。しかしこの従属関係は制限を加えるものではなく豊かさを与えるものであり、言ってみれば彼が精神的に大きく発展する土壌をもたらすものなのである。

 どれほど地域との結びつきが強くとも、バルラッハの芸術は、決して人が郷土芸術などと名づけるものではない。バルラッハはその土地固有のものに固執しているのでもなければ、そこに力の全てを使い切っているのでもない。地域的特色とは彼の芸術にとって目的ではなく手段、到達点ではなく出発点なのである。その芸術が地域に限定される部分を、彼は技術を通して遥かその限界を越え高めていく。だから作品が地域的な境界に束縛されることはない。そしてまた、彼が描写する北ドイツの人々の本質の重さは、一つの民族の特性の表現に留まらず、その意味を広げ、大地に拘束される人類そのものを描く手段となるのである。

 ロシアから帰国し、練りに練った最初の彫刻作品を造り上げた同じ頃、バルラッハは『死せる日』というタイトルの戯曲を書き上げた。造形作品に明確に現れた彼の芸術的発展が、第二の潮流を生んだのである。本質的要素は何ら変わらないまま、別の姿に実を結んだのである。『死せる日』は、彼の彫刻の基礎となる体験を言葉で造形する試みであった。人間の内なる苦しみ、実人生に強く引き寄せられる息子を失っていく母親の激しい苦悩がこの作品の重苦しい基本テーマである。登場人物たちの心から、日々とどまることを知らない苦痛の訴えが突然堰を切ってほとばしる。心の体験の奔流は現実の世界をあふれ出し、同時に造り替えるのである。

 芸術家として歩み始めた頃、バルラッハには造形と文学との間で迷いがあった。問題となったのは、この二つのうちどちらが彼の体験を最大限生き生きと表現できるかということであった。それは思わぬ形で決定を見た。以後のバルラッハにとって肝心なのは、もはや「造るか、書くか」ではなく「造り、そして書く」なのだ。それでも彼はこの二つの形式とその境界を、例えばマックス・クリンガーのように混同することはない。造形こそが重要である時彼は書かず、逆に書くときは造らない。作家としてのバルラッハが造形家バルラッハに及ぼす大きな影響は、おそらくあらゆる概念をその高みの極まで掘り進む時、そして一つひとつの心の動きを最も際立たせるポーズを探す時に決定的な役割を果たす点にあるのだろう。『難民』という作品は、彼の手にかかれば追い立てられ落ち着きを失った脱出者のシンボルとなり、『大酒飲み』は造形化された酔いそのものである。

 複数の芸術形式での活動は作品のまとまりを危うくすると考えることもできる。しかしバルラッハの場合それは当てはまらない。彼の芸術的創造力は、彼が携わる三つの形式すべてを均一に流れており、文学、彫刻、版画ともに同等の強い表現力で造り上げられている。いずれも世界をある精神集中の瞬間に捉え、そこに見た内なる姿を外界に刻印するという並外れて強い個性を特徴とする。複数の芸術形式に携わる者の中で、それぞれへの精通と著しい個性という点で、目下バルラッハの右に出る者はいない。またこれは、三つの芸術形式にその刻印を押し、三つの広大な創作分野に満ち満ちる彼の稀に見る能力を明確に示すものである。

 バルラッハの彫刻作品と演劇作品のどちらをより高く評価するか、そんな問いかけは無意味である。彼の彫刻は疑いもなく、現在この種の芸術の中で最もすぐれたもののひとつである。しかし彼の演劇作品が見劣りするとは言えない。今日、少なくともすぐれた彫刻家の数が演劇界における真に独創的な作家の数に比して増え続けているように見えることを考えれば、劇作家バルラッハの功績は、おそらく彫刻家としての功績より遥かにユニークで抜きん出たものでさえあると言える。しかしこのような評価についてもまだ議論の余地はあるだろう。

『エルンスト・バルラッハ』(6)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(6)

 彫刻家バルラッハは、素材として何よりも木を好んで用い創作してきた。また数年前からは、一部は外からの勧めもあって、これまで以上にブロンズ像を造ることも多くなった。ちなみに版画についても、彼は何枚もの木版画を製作しているのだが、木というくせの強い難しい素材への偏愛は、深い意味で彼の芸術の特徴をなしている。木の固い材質が隠し持つ不思議な幻想性が、バルラッハの造形意欲をまぎれもなく格別に刺激するのだ。彼の作品において幻想的なものは特別な位置を占めており、常に彼の芸術の基調と高らかに共鳴する。この幻想性は決して素材そのものの性質ではない。なるほどバルラッハは幻想性を持つ素材、あるいは幻想性を高めることのできる素材を少なからず選び取っている。しかし近頃では、これは素材の幻想性への愛着からではなく、ことさら幻想的なフォルムを造り出す可能性を求めて行われているのである。

 例として、戯曲『捨て子』の挿絵として彼が造った一連の木版画の一枚が挙げられよう。そこに彼はひとりの男を描いている。男は地面に寝そべり、モグラのように土の中に潜り込もうとしている。木版画は次の詩を描写する、「そしてモグラのマントが恐ろしい心地よさで私を包む。/モグラに痛みや苦しみの何がわかる?/私は土を掘り、満ち足りたモグラのように歌おう。/何ゆえ苦しみ、悩み、惨めな素振りをする?/まわりは一面母なる大地だ。/大地はお前を養う、力の限りその務めを果たす/愛の両腕で死者を、苦しみに疲れた男を抱きしめてくれる…/まわりは一面母なる大地だ…」この詩のイメージ、ぞっとするものへと追い立てられ、心の内に住む死の感覚が高まっていく中から、バルラッハは彼の心に刻み込まれた映像を象徴するものを造形化する。つまり彼の心をそそるのは、素材の幻想性というよりむしろ可能性でありシンボルである。それは精神をフォルムに造り上げること、もっともこれ自体が幻想的な特徴を有しているのだが。

  この幻想性の本質は、例えばバルラッハの彫刻の題材が幻想性からかけ離れている場合でも、やはりこの全身けいれん的で幻想的な雰囲気を醸しているという点からも一層明快である。これらの人物像の生命の表現はすべて、バルラッハが不格好な木材を叩いて造り上げるように、意味が高まることによって生まれるため、私達に馴染みのある生活様式が突如普通と違う不気味なものに思えてしまうのである。確かな根拠をもって言えるのは、バルラッハ的幻想が素材選択の奥深くで表現方法をとらえ、そして素材の特徴がもちろん版画よりも一層はっきり見える木彫彫刻は、彼の全創作の中心に位置しているということである。何らかの評価を下す意図はない。一個の中枢細胞として、残りの創作手段もそこに繰り返し集まっては新たな創作への刺激を受けるというわけである。
Saenger6
 彼の木彫彫刻を強調することは、むろん彼がブロンズ彫刻においても自力で成長を遂げた事実を除外するものではない。『歌う男』『祈る人』などの人物像や『死』などのグループ像を注意深く観察しさえすれば、彼がここでもやはり全く非の打ちどころのない作品を造り上げていることがわかる。木彫彫刻が受けつけなかった要素、即興的に思いついたものが、突如ブロンズ彫刻において実現するのである。瞬時の体験がとらえられ、その彫刻を一気に完成に導くのである。バルラッハの作品でまず目につく驚くほどのフォルムの軽やかさは、一部はこのブロンズ像特有のものである。ブロンズ製作はこの芸術家の本質のひとつの側面を明るみに出す。それは彼自身の意向によって長く知られずにいたものである。Tod6

『エルンスト・バルラッハ』(7)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(7)

 バルラッハの彫刻は、しばしば「現世的」で「この世に結ばれて」いるなどという言葉で特徴づけられる。なるほどこれは間違いではないが、本質的なものについては一部が捉えられているにすぎない。現世的でこの世に結ばれているという言葉は、彼の芸術の「どこから」について語るのみで「どこへ」については述べていなSitzender_steppenhirt_2い。バルラッハの彫刻の人物たちは、確かにこの世に深く根ざし、そこから成長していくようにも見えれば、しばしばまだ半ばそこに根づいたままの状態にも見える。例えばバルラッハの最も初期の成熟した彫刻作品に数えられる『座る草原の羊飼い』のような像は、この世俗性がはっきり形になったもののひとつでもある。ある暗い力が座る草原の羊飼い彼らを地上に縛りつけ押さえつけているように見えるが、打ち砕くことはできない。それどころか一層の反発と成長を引き起こすだけなのである。

 しかし、世俗性やこの世の苦しみがどれほど際立っても、彼の彫刻の人物たちの本質的特徴がなくなることは決してない。それどころか、現世と非常に親密で半ば根を下ろしたままのこの本質は、その内部に隠れた二番目の顔を持ち、それを通すと逆に現実の世界から果てしなく離れているように見える。この世を遥か超えた世界に属しているとでも言えるだろう。バルラッハの彫刻の人物たちにこの二重の性格を与える謎の力は、フォルムを突き抜けて繰り返し表出する不可思議な不安感である。この不安は形を変え激しさを変えて、無数に姿を現わす。 7

 彫刻『凍える少女』では、それは世間に対するおびえと静かな驚きとして現れる。少女はおびえた表情で肩を静かにすくめ、両手で顔を覆い隠そうとしている。全身がわずかな硬直を示し、それはじっと動かない両足の先まで達しているように見える。また衣服や引き上げられた肩掛けが、突然の不安に襲われすくみ上がるという主題を更に強めている。不安の瞬間が、ここでは最も静かに和らげられたヴァリエーションで現れ、かすかにびくりと震える動作だけで表面化している。

 更に内面へと抑えられた不安は、『身ごもった女』が表現する。ここでは、外に伝わるものは静かな波のように寄せるにすぎない。落ち着いてじっと佇んでいるこの女性の衣服は、多くのひだ取りもなく目立った動きも見られず顔周辺までを覆っている。Schwangeresmdchen_3この小さな空間に動きが集中している。片方の手が衣服をぴったりと肩のまわりに引き寄せている。一本のしわが裾まで続くもうひとつの動きを作っている。さらに数本のしわが、波の渦のように顔の周囲に刻まれている。こうしてすべての注意はこの顔に向けられる。そのやさしい女性らしい表情は隠された秘密を守っている。伏せられたまぶた、引き上げられた眉、固く閉ざされた口元。――これらすべてが、周囲の世界から完全に隔絶し自分自身にじっと耳を傾ける姿を表している。これは、この女性が体験している切なる希望とつのる期待から来る不安であZecherる。この女性像は、バルラッハが造った最もやさしく愛情に満ちた作品のひとつである。そして恐らく考え得る限りの木彫彫刻の中で、いちばんやさしく愛情に満ちた作品であろう。

  『大酒飲み』は、明らかにバルラッハの彫刻の中で最も世俗臭の強いものの一例である。しかしこの月並みな胴体や手足にも、あの不可思議な不安は住みついている。この男の体は後ろへ大きく反り返っている。両手は膝をしっかりと覆いつかんでいる。体内の酔いがあり余る力を生むのか、この世のものでは満たされていない。だからこの人物は体を反らせて天を仰ぎ見る、あたかもその高みの中で彼の憧れを充足させようと望むかのように。彼は自分の酔いをこの世のものから得る。一方で彼はこの酔いを苦しみからの逃走という願望に注ぐ。

  『孤独な人』の不安はまた別の性質を持つ。斜め前に身をかがめ上に向かって広がるフォルムは、この男に前にのめらせるバランスの悪さをもたらしている。頭部は落ち着きのない人特有に大きく前に突き出され、視線は地面をさまよっている。深い不信感が男の体勢や動きを落ち着かせないように見える。こEinsame7の人物像が表現するのはあてどない追求であり、平静を乱され見つけ出すことができない不安である。

  『パニックにおののく人々』は、予期せぬ出来事に遭遇し驚愕している二人の人物を描く。彼らは突然足を止め体を後ろへ引き戻している。恐れと防御本能から拳を握りしめている。視線をこわばらせて空を見上げ、彼らを脅さんとする危機を見極めようとしている。二人がそれぞれこの基本動作を反復することを通して、深い狼狽と不意に圧倒されたという印象が一層強められている。この二人の男性を動揺させている力は、現実の出来事、嵐や稲妻や何らかの自然現象かもしれない。しかしそうである必要もない。それが実在しないもの、幻である可能性も同様に高い。重要なのは原因ではなく、恐怖という内的な事件である。

  Img_4284『難民』は、不安の瞬間が逃走に駆り立てられ、突進していくまでに強められた姿を描く。ここでも迫害の性質については語られていない。すべてが“逃走”という内的事件を明確に述べるためだけに貢献している。この逃走者の体勢はぴんと張った弓のように見える。次の瞬間には弾け飛んでいきそうだ。頭部は遥か前方に突き出され、視線はまっすぐ遠くを見つめている。両手はこわばり衣服の中に差し込まれている。前方に突き出た膝の上の鋭い切り込みも最大級の緊張を表現しているようだ。この人物の全身は数本の大きなしわで切り裂かれ、それが外へ逃げ去るさまを強調して余りある。不安がここでは息詰まる恐怖にまで発展している。バルラッハはこの作品において、構図を徹底して外側へと押し進め、造形はかすかに装飾性を帯びている。もう一歩踏み出していれば、この厳格なフォルムはきっと硬直してしまっただろう。おそらくこの像は、バルラッハの彫刻中調和のとれたものとは決して言えまい。しかし特殊な例として、彼の作品に時たま見られる傾向を示している。

 心の不安は『踊る老女』の中では意図的にグロテスクさへと過剰に高められる。あちこちへと落ち着きなく跳び回るモチーフ、跳ねる人というモチーフは、この人物の姿に幾度も繰り返され、グロテスクな様相を呈するまでになる。ぴょんぴょん跳ねる動きは足だけではなく、スカートの端をつかんでいる両手やとがった両肩、細 Tanzende_alte_2く開いた目やとがった額、衣服のしわにも見られる。この踊る女は――見れば見るほど――妖怪めいて、魔女のような不気味な性質を帯びる。それは有名な数々の北方の民間伝承を思わせる。不安は精神異常的なあてどない狂乱の傾向を見せる。

 異常な勢いで濃縮した不安の溶岩が噴出しているのが『忘我の人』である。この人物を前方へ突き出している大きな一歩が、衣服に一本の大きな斜めのしわを刻み、それを通して全身のバランスが決定する。斜めに傾いたピラミッド型の土台から垂直に、上へ行くほど細くなる塔の形を作っている。衣服の他の部分はほとんどしわもなくぴんと張っているため、その一歩でできたしわと、更にその一歩の勢いがますます強調されるのである。目を上へ向ければ、この人物の頭上で後ろに激しく振り上げられた両腕と叫びをあげるように開いた口元に引き寄せられる。その両方に心底からの興奮が現れている。この人物は、ある信念の苦しみや喜び、この世における彼の希望や絶望を声高に訴え叫 んでいるように見える。これは苦しみと解放への希望の間で格闘する不安なのかEkstatikerもしれない。

 不安の瞬間を純粋に精神的な領域へと導くのは『占星術師』である。この人物は頭を後ろへ大きくもたげ、無限の宇宙を研究している。体を辿って顔まで続き遠くを見上げる視線へと流れ込む線と面のリズムは、空を見上げる人物の表現としては類まれである。彼は内的不安と研究への衝動から空を見上げるのである。この占星術師は厳密に言えばやはり現世的であるが、その反面彼の本質の一部は既にこの世を超越した高い領域に属している。

 多彩な人物像の中に異なる激しさで現れるこの強い不安の瞬間は、バルラッハの彫刻において特別な意味を持つ。彼の彫刻の本質は、世俗的でこの世に結ばれていることや半ばまだそこに留められていることに尽きるのではない。重要なのはむしろ、彼の造る像が世俗性と心の不安を同時に有していることであり、落ち着くことができないことである。彼らは生に追い立てられている。自らを困難や苦しみから解放してくれる存在を探しているように見える。そこには空を見上げる衝動、神を求める不安がある。

『エルンスト・バルラッハ』(8)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(8)

 バルラッハの彫刻の多くは古代ゴシック彫刻を思わせる。様々な彼の作品が中世建築物に収められたことからもわかるように、不思議なほどしっくりとそこに馴染むのである。とはいってもバルラッハには擬古趣味など全くない。彼は見た目を様式化することによって作品を古代ゴシック彫刻風にしつらえようなどと試みたことはない。彼の作品はそれどころか完全にこの現代の産物である。なるほど現代とはいっても、彼の表現するものは今日の騒々しさではなく内省の響きなのだが。現代彫刻は、彫刻家が様式化したり故意に古代風に造った作品群を含め、ゴシック式大聖堂の厳粛で精神的な空気にはほとんど耐えることができない。多かれ少なかれ、個人的な感覚を表現するに終わるのが関の山である。他方バルラッハにとって重要なのは、古代ゴシック彫刻と同様人間全般の運命であり、困難や苦しみからの精神の解放の追求である。バルラッハは造形美術の本質の部分で、かつてゴシック時代の彫刻家に魂を吹き込んだ同じ精神によって追い立てられているように見える。500年以上も前にゴシック芸術に与えられたものと同じ基本的体験の深みから創作しているように見える。

 バルラッハは、現代において宗教的な作品を真の説得力をもって造ることが請け負える数少ない造形美術家のひとりである。宗教的要素は彼の全作品において不可欠な成分のひとつなので、創作の過程で特別神聖化されたフォルムを追求する必要はない。彼はそのフォルムを既に造形の過程で見出している。従って彼は、宗教的意味をもはや欠いた伝統的フォルムの典型に頼るリスクから免れている。現在宗教作品を造ろうと骨を折る造形美術家の多くはこの慣習に陥っている。だからこそ、バルラッハの中から独自に生み出された宗教彫刻は特別な意味を持つのである。2013_domengel

 この領域に含まれるバルラッハの作品については、とりわけ以下のものが挙げられる。神秘的なシンボルとして心に深く刻まれる、あの不思議な宙を漂うギュストロウ大聖堂の戦没者記念碑像、真上へ伸びる剣を抱え、トラの形をした悪魔を踏みつけているキール聖霊教会の象徴である天使像、そしてマグデブルク戦没者記念碑である。このマグデブルク記念碑は、この種の作品中おそらくこれまでで最も感銘深い作品であろう。三本の垂直に隣り合ったオーク材で構成され、それぞれからひとりの立像とひとりの座像が造られている。下段の三人はうずくまり、この上ない恐怖を表現している。中央は死、鉄兜をかぶった骸骨の姿である。死の表現は簡素で心に迫り、中世の絵画を思わせる。死の左では、目の落ちくぼんだ人物が胸にガスマスクをかけ、やせこけた両手を恐怖におののきながらこめかみに当てている。凝視する視線は深い恐怖、狂気に似た絶望感を告げる。そして三人目は陰鬱な悲しみに沈む女性で、悲痛のあまり顔を覆い隠している。人間のこの上ない苦悩を描いたこの三人の上には、1914/15/16/17/18 という年号が刻まれた十字架が配置されている。この十字架にひしめくように近接して立つのは三人の男である。そのひとり、少年らしい手足には大きすぎるオーバーに身を包む人物は、何も知らずにこの大事件に引き込まれていったあの年若い者たちを描いたのであろう。反対側には中年の予備軍兵士、理由を問うことも苦痛を感じることもなく、無条件に任務を遂行する者の姿である。中央のいちばん背の高い人物は、ただひとりこの途方もない出来事の意味を自覚しているように見える。同時に彼は、静かに新たな希望を輝かせている唯一の人物である。

Magdeburg8  このバルラッハの記念碑は、マグデブルク大聖堂設置にあたってたびたび反発に遭っている。人はこれらの人物の顔立ちにスラブ人の特徴を認めたがり、バルラッハの芸術に“劣等人種東洋人の要素”が見られるとの見解を述べた。確かに、具象的なもの――及びその一部である描出された人物、つまりここでは名目上スラブ人的なタイプ――に軽々しくひとつの芸術作品の精神を押し込めることが許されないのは自明のことである。むしろ、とりわけ造形と表現の意図という二つのもっと洗練された要因が尊重されなければならない。しかしこの基本的真理を、芸術批評の道を誤っている狂信的民族主義者たちは明らかに持ち合わせていない。記念碑の中に無条件の栄誉の響きを聞きたい者や、軍服や兵器の知識が実証されているのを見たい者は、バルラッハのマグデブルク像には満足しない。しかし、こうした誤った前提条件を問わない者なら、この壮大でシンボリックな像に心を閉ざすことはできない。この記念碑の足元で祈る人々を思い描くのも難しいことではないだろう。ここまで深い影響を与えられる造形作品は、この種のものとしてはまず他にはあるまい。

 しばらく前、建築物や木彫彫像についてバルラッハが精神的に特に近いものを感じていたリューベックで、熟練した名工の手を借りてひとつの大仕事を成し遂げようという計画が持ち上がった。リューベック博物館館長のハイゼ博士は、聖カタリーナ教会のレンガの外壁にあいた18箇所のニッチを一連のリズムをもった彫像で飾り、全体として“聖人たちの饗宴”なるものを表現したいと表明した。素材には、赤や黒のうわ薬をかけたレンガとよく調和する瓦材が考えられた。複数の像を生み出すことの可能なこの素材は、同時にハイゼの財政上の課題を解決する。教会堂の外壁にひとつの像を寄付する者はその像の二体目を獲得する。この過程は一度に限られ、その後他の者が同じ像を所有することはできない。博物館や美術品収集家にとっては、円熟期にあるバルラッハの作品を手に入れるチャンスであり、同時にひとつの大胆な芸術プランを助成するチャンスでもある。確かに大口注文からはいかなる幸運も期待してはならない。それは往々にして冒険的企てである。それに比べれば、範囲を狭めて成果を上げる方が事情によってはより重要で実りも多いかもしれない。しかしリューベックの計画では、有利に運ぶ兆しが懸念を遥かに上回っているように見える。既に出来上がっているバルラッハの最初の下絵、リズムをなす全体配置のスケッチと個々の人物像のデッサンを見れば、彼自身の体験がその根底にあることは明らかである。そこには彼の全作品を底辺で貫いて流れるテーマが表現されている。すなわち“聖人たちの饗宴”とは、不安感にさいなまれ追い立てられた者、神によって運命の刻印を押された者、祝福された者、罰せられた者の連帯である。バルラッハがこの計画の実行をどう思い描いていたかは、先日最初に完成した像『松葉杖をつく物乞い』がリューベックで展示された時、より明確になった。ちなみにこの像の二体目はケンブリッジ(アメリカ合衆国)のハーバード大学が獲得している。やせてくぼんだ胸、松葉杖に持ち上げられたとがった両肩、その間からはやせこけた首が突き出ている。この体でかろうじて頭の重みを支えている。松葉杖にしがみつく骨ばった両手の詳細を極めた造形は、両脚や両足と同様特に目につく。それでもなお、体に障害を抱えた『物乞い』の像は、生気のない目で上空を見上げ、ぐったりと薄く開いた口で神に懇い願っているように見える。Bettler8

 バルラッハのこの新たな作品からは、彼の表現方法が落ち着いたことがはっきり見てとれる。もう一段階芸術的に清澄さを増したことを告げるものである。これは先頃完成した二つ目の像『唱う修道僧』についても言える。リューベック・プランの次の作品の製作が、今決定事項として保障されたように見えるのは喜ばしい限りである。

 宗教的な造形作品群の最後のものとして、ハンブルクの戦没者慰霊碑を挙げなければならない。これは平面のレリーフで、わが子を抱きしめる母親が描かれている。二人とも真横を向いている。無表情で人を寄せつけない女性の顔は、眉から頬を辿り口元まで伸びた一本の細い曲線を通して、深い悲しみを表している。そのまなざしは、運命によって恐ろしいことがもたらされた遥か遠くをじっと見つめている。にもかかわらず、女性は力を振り絞って不安がる子をやさしく抱擁し慰めている。他方子は、頬を母にもたせかけて目を閉じ、母の腕を探りながら、おずおずと同じく慰めを与えようとしている。死という想像を絶するものを前にした深い沈黙を、この隣り合わせの二人は表現する。このレリーフの平面と線のモチーフは、明らかに垂直と水平の明確な調和と関連づけられている。それによってあらゆる逸脱、例えば子の傾いた頭部が強く強調されている。構成の厳密な法則性が垂直線と水平線の相関によって表現され、また意識的なディテールの制Hamburg8 限によって一層強化され、この作品が捧げられた目的と一致するのだ。

『エルンスト・バルラッハ』(9)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(9)

Img_4335 自然現象や自然の特性は、バルラッハにとって非常にたびたび大きな意味を持つ。これについては彼の版画作品に多くの例を見ることができる。『捨て子』の挿画の中に『雨の中の男女』という木版画がある。彼は地面に座るひとりの女を描く。女はみすぼらしくうずくまり、頭には一枚の布を巻いている。膝の上には束ねた布にくるんだ子を抱いている。その横には、力なく身をかがめ肩に大きなコートを掛けた男がいる。そこは遮るものがない野原で、雨が斜めに激しく降りつけている。この人物たちからは人間の乏しさや荒涼感がにじみ出ている。ここにバルラッハの芸術の秘密がある。容赦なく打ちつける豪雨の印象は、雨の落ちる斜めの線だけによって呼び起されるのではなく、二人の動きや体勢によって、布の中に引っ込められた女の頭や子を覆う女の気配り、身をかがめている男の姿勢と明らかにコートを抑えようと努めている両手によって一層強調される。雨の日が住む場所もなく打ち棄てられた人々に与える苦痛が、この木版画で表現されるわずかな動きほど心迫る効果を上げている例はほとんどないだろう。

Gretchen9 風の息吹が、バルラッハの手にかかれば奇妙な、ほとんど魔術的なまでの役割を演じることは、ゲーテ作『ファウスト』のヴァルプルギスの夜の一連の木版画がまざまざと示している。魂の空想家バルラッハは、ゲーテによる魔女の夜間飛行を見て、自らもまた霧に包まれたブロッケン山へ飛び立つまたとないチャンスだと悟ったのだ。魔女たちの姿や様々なグロテスクな状況だけでは、彼の奇抜で幻想的な表現スタイルを自由に存分に行使するきっかけとしては弱腰すぎる。一連の版画全体を風が吹き貫き、衣服を膨らませ、全てをちらちらと揺らめかせる。ほんの数枚の絵の中でだけ突然動きは止まり、たちまち不気味な ほど静まり返る。例えばある絵には、顔色青ざめてやつれ、しわだらけの長い衣服を着けた若い女が、ほどけた髪で両手を重ねひらひらと漂っている架空の姿が描かれる。これはグレートヒェンであり、ファウストがその喉元の「ナイフの背ほどの幅もない」細い赤い紐を見ている。彼女の周りには息苦しいほどの静寂がある。ただし背景には輪になって踊る人々がいる。遠くに見える彼らの営みを、彼女は行うに任せている。この木版画集の中でも異質な雰囲気を放つある作品に描かれた騒々しさや躍動は、一枚の画としては最も生き生きとしたものであろう。上空では桶に乗った魔女が、ほうきに跨って先を行く大魔女を必死に追いかけている。下方、大魔女の脚の間では、ファウストとメフィストが、うなりをあげて頭上を滑空していく魔女たちの下で身をかがめる姿が見える。風景さえも魔法にかけられた日常を分かち合っている。山から現れ出るのは、明らかに巨大な悪魔の顔である。Walpurgisnacht9

 更に別の木版画に示唆を与えたのは、シラーの詩『歓喜に寄す』である。わずかな線と平面のモチーフで造られた同種の初期の木版画と同様、単純な構成を通して最も強烈な効果を実現している。暗い海の境界をなす水平線が、この絵の半分ほどの高さにある。山の斜面が右上から左下へと対角線を描く。右下の角から前方へ、ひとりの人物の姿Img_4328がいっぱいにせり出している。その頭は反り返り、両腕は前へ突き出されている。両手にはワインの杯を持ち、顔には歓喜の声をあげる様子がうかがえる。この詩に溢れる精神が、ここにひとつのシンボルとして形づくられ、心に深く刻みつけられた。同じ思想の周りを漂い続ける楽曲の調べのように、他の絵の中にもシラーの詩に含まれる一つひとつのテーマが響いてくる。その最後を飾るのは、星空いっぱいに祝福する精神の描写である。それは天の審判者が発する比類ない光の束から届くのである。

 神性というテーマについては先に触れたが、木版画集『神の変容』でもその中心をなしている。バルラッハは創作活動の様々な段階で、様々な印象を神性に認めている。崇高、辱め、敬われるもの、そしてののしられるもの。この作品集の最初と最後のものは『第一の日』『第七の日』という。『第一の日』では空を漂う神の姿が見られる。祝福する手、黒と白の強い緊張感、今にも雷電を発しそうな雲の渦に取り囲まれている。『第七の日』は座る創造主の姿である。岩にErster_tag9頭をもたせかけ、疲れた両手を膝に置き、遠くを見つめている。黒と白のあらゆる緊張感は調和を見、強いコントラストは失われている。これら全ては白と黒の線の流れによって覆われ、緊張の緩和と疲労感を表現している。この作品集の中で最も心に迫るのは六番目の『岩塊』とする一枚で、岩だらけの風景から巨大な人物が突き出している。この人物は岩へ向かって体を反らせ、反り返った頭は上空を見上げ、両手は組まれている。不思議なダイナミズムが、衣服の斜め上に走るしわを通して与えられている。岩塊はこの人物にはひとつの顔になったように見える。その顔を通して神が風景の中で、自然の中で語るのである。

 これら多くの木版画集に加え、多数の単独の素描、木版画、リトグラフをもってバルラッハの版画作品は完成する。

『エルンスト・バルラッハ』(10)

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『エルンスト・バルラッハ~その彫刻・版画・戯曲』(10)

 バルラッハは、ロシアからの帰国後初めて実現した彫刻作品の展覧会で、自分の中に更に別の創造力がみなぎるのを感じたようである。それは彫刻作品中に溢れ出してはこなかったが、同じく表現されることを求めていた。彼の彫刻は、確かに彼の頭に浮かんだ彫刻のイメージの完全なる具象化であった。しかしまだ言うべきことは残っていて、それは彼の彫刻を寄せつけなかった。造形という表現上の制約のせいではなく、実際それが造形では描き得ないものだったからである。だから彼は、彼の幻想に現れた者たちに言葉を与えずにはいられない衝動にかられたのだ。彼の劇中の人物は、基本的に彼の彫刻の人物と同じ性格を持つ。しかし後者の中では気づかれずにおくしかなかった数々のことが、前者ではよりはっきり姿を現す。

 バルラッハの演劇作品と造形作品の間には、明らかに重要な相互作用がある。彼の造形作品はいわば彼の文学の表土から生まれたものであるし、逆に彼の戯曲は彼の造形活動から発展したものである。どちらも同じ精神から生まれ、同じ空気を吸っているのだ。このように、彼の演劇作品と造形作品は密接なつながりを持っているが、バルラッハは両者の芸術上の境界を常に守っている。例えばバルラッハの彫刻に、――先に引用した『難民』や『大酒飲み』などのように――表現手段の強化という点を別にした文学者の影響を認めようとするなら、せいぜいこう指摘することしかできまい、バルラッハは外から見える最小限の動きから、しばしば広大な雰囲気を醸し出す術を心得ている、これは彫刻のみを生業とする芸術家にはほとんど不可能な業であると。これについては、ブレーメン美術館が所有する『嵐の中の羊飼い』というみごとな例がある。帽子をつかんだ右手、左方向に高くHirte10 はためくコート、そしてコートの下に潜り込む犬が、風の吹きぬける広大な大地とそこで悲鳴を上げるこの羊飼いのイメージを、まざまざと呼び起こす。わずかなもので最大限の雰囲気を引き出すこの名人芸は、劇作家バルラッハもまた証明する。『青いボル』はこう始まる。「相変わらず霧がうっすらかかっている。――まんざら悪い眺めじゃないな。マルタ、そうだろう?このぼやけた景色を見てみろよ、気に入ったね。――霧の向こうに、人が考えるより多くのものが隠れているのかもしれないし、決まりきったこととは違うことが起こるかもしれないのだから…。」この短いセリフが作品全体を通して止むことなく響き渡り、主題となって登場人物たちに吸収されていくのである。

 劇作家バルラッハが造形の仕事を適用させようと特に苦心しているのは、登場人物を丸くすることである。心理的に事細かく描くのではなく、丸い精神の種から出発して考え、語り、行動させるのだ。彼の彫刻が常に不格好な木の特徴をはっきり残しているように、彼の戯曲の登場人物たちも、ある重々しい題材から個別に引きはがされ、その痕跡を身に負っている。彫刻の羊飼いや農民の男女以上にそれがはっきり見えるのは、戯曲『大洪水』やそれに劣らず『青いボル』そして『哀れないとこ』に登場する人々――怪しげにぽつりぽつりしゃべったり行動したりする典型的な北ドイツの人々である。しかし、彼らの中にあるのはそれだけではない。不思議な薄明かりが彼らを取り巻いている。それが彼らに第二の顔を与え、二重の生活をさせる。当初は想像もつかなかった疑惑、苦悩、動揺が彼らの中から湧き起こる。張りつめた現実の一部が透けて見え、登場人物たちの世俗的な生きざまの背後に幻の世界がちらちらと燃え上がる。そして劇中においても、真の動因はその原因と目的が人には理解できないあの心の不安なのである。不安は人を襲い、習慣から追い出し、ゆがんだ生活へと駆り立てる。彼の彫刻に与えられたこの世俗性や心の動揺、運命や憧れから来る緊張状態が、劇の成立段階で明示される。ここには厳密な精神の枠構造が、彫刻においてよりも一層はっきり見てとれる。これを用いてバルラッハは二つの世界を衝突させ、闘わせ、和解を見出すのである。彫刻の中ではあいまいで名づけることのできない心の衝動が、戯曲の中ではその一部がより具体的に根拠づけられ、結末に至って識別できるようになるのである。

 バルラッハの戯曲は二つのグループに要約することができる。まず『死せる日』『大洪水』そして『良き日』が属するグループで、問題を抱える人物が前景を占め筋書きに影響を与える。これに対して『哀れないとこ』『真のゼーデムント家の人々』そして『青いボル』には奇妙な隠れたユーモアの要素があり、それが深刻な本題に介入する。バルラッハの文学世界で最も広がりを見せるのは、明らかにこの深刻さとユーモアの入り混じった作品群で、中でも最も明快で調和のとれた作品は、またもや『青いボル』である。おそらくバルラッハの戯曲中いちばん舞台化に適した作品であろう。小都市の出来事と深い精神的体験の歯車が、この作品の中で奇妙にかみ合っている。大地主のボルは、妻と共にメクレンブルクのとある小都市を訪れる。二、三の買い物を済ませ、夜はいとこのプルンクホルストとホテル“黄金球”で落ち合って赤ワインを飲むつもりであった。この計画にいくつかの予期せぬ変更が起こり、この日はボルの運命の日となる。「その背後に人が考えるより多くのことが隠されているのかもしれないし、決まりきったこととは違うことが起こるかもしれない。」ボルはこの街の市長とやや入り組んだ会話を交わす。精神的な隠れんぼうのようなものだ。その中で、ハムレットが狂気と自称するものが時折ちらちら燃え上がるように見える。彼は街の通りを興奮してさまよう若い女を保護する。彼女は自分を連れ戻そうとする夫、羊飼いのグリュンタルから逃げているのだ。彼は魔女グレーテと名づけた彼女と高い鐘楼の上で、肉体を与えられた哀れな三つの子供の魂についての陰鬱な話をする。そして強くねだる彼女に負けて、この魂を肉体から解放するため、毒薬を手に入れることを半ば約束する。彼は「雄牛に関する協定」をめぐる話し合いや、彼にグレーテの居所を尋ねるグリュンタルとの口論から、最後の審判の日のグロテスクな世界に迷い込む、「塔の上に突然小母さん(天使)が立ち、憑かれたように角笛を吹き鳴らし始める時・・・」彼は途方に暮れて佇む。そして、物欲しげに見つめる彼を拒むグレーテを前に、もじもじと約束の毒薬を手に入れられなかった言い訳をする。彼女は、鍵のかかった扉の奥にある怪しい酒場の亭主に手に入れてもらおうとする。ボルは彼らの前でみすぼらしく惨めに唯一人取り残される。彼は“黄金球”で妻といとこのプルンクホルスト、靴屋のホルトクレーター、そしてある見知らぬ紳士と一緒に席に着いている。その紳士を靴屋がこう紹介する。「手短かに言うと神その人だ。巡礼の格好はしているけれどね。」そして、たらふく飲んだプルンクホルストと、単純で信心深い夢想家ホルトクレーターがあれこれ話している中――その時見知らぬ紳士は「永遠からやって来たような静かで謙虚な姿、ほとんど感じられないほどうっすらと神の輪郭を持ち」しきりに彼らに良心を説いている。――ボルは突然グレーテへの思いに襲われる。「グレーテ、彼女は小屋に火をつけるつもりだ、子供らの住む小屋に。グレーテ、その時は助けてやると私は約束した。そんなことにならないよう力を貸すと!」ボルはグレーテを悪魔の厨房から連れ出す。彼女はそこで、亭主エリアスの欲望から女房ドリスによって守られている。そして教会へ連れ戻す。そこは既に物語の冒頭で二人が対峙した場所である。やがてここ、柱や張出し窓や木彫りの使徒像の間で、ボルは自分が変わったと感じる。「自らの薄気味悪い不幸の谷間から出て、清らかな安らぎの家へと入っていく」決意である。死の予感に触れられることによって、彼は愕然としておぼろげな固執から逃れる。そして自分自身と人々に対する責任にまっすぐ向かう。

 精神と肉体の果てなき闘いに関する比類のないたとえ話が、信じがたいほど単純な出来事を通して出来上がっている。全ては不思議な薄明かりに包まれて進んでいく。そこでは物事がある時はくっきり浮かんで見えるかと思えば、別の時には再びぼんやりと怪しげに現れる。劇中の出来事が、実際の流れとシンボリックに色づけされた流れに分かれていく。意味の変化が起こる、それは例えば夢の中の体験がカラフルに色を変えるようなものだ。人はまず外面的な筋の進行を見ていくが、突然その中に流れる不思議な底流を感知するか予感する。それが物語に新たな深い意味を与えるのである。

 バルラッハはたびたび取り沙汰される時事劇を、永遠という視点を持ちながらも現代の中心部を的確に捉えた劇と対比する。不思議な心の情念は、彼の場合しばしば独特の形をとり、躍動するセリフではなく、難解な一つひとつの言葉で表現される。この情念をバルラッハ生来のユーモアが脇へ押しやるが、それすらもまた主として言葉による表現が基本である。劇作家バルラッハは、言葉の組立てを通して事実を明らかにしたり、深い悲劇や奇妙なユーモアを暗示することを可能にするなど、目下言語表現において尽きることのない統語術を意のままにしている。これひとつをとっても、新しい劇の可能性を開く涸れることのない水源である。

 もしバルラッハの文学と造形の活動をひとつの偉大な精神的統一体として体験するならば、私達には確かにバルラッハが言いたいことの深みや、その幅広い独創的な力の全てがわかるようになるだろう。しかし演劇と彫刻のこの親密さや、劇の効果が彫塑の知識を通してより増大するという事実を、演劇上の力不足と解釈することはできない。むしろ彼の演劇作品は、その精神の原則と生きた価値をそれ自体に内在しているのであり、今日の演劇制作において文学的価値が格上げされるにふさわしい作品の最前列に位置しているのである。

『エルンスト・バルラッハ』(11)

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